雪の降る夜は……ラーメンの話
某ラジオのお便りテーマが「ラーメン」だった。ラーメンといえば……。 5年生の時のクリスマスイブ。青山チャペルのクリスマスミサに、所属する東京少年少女合唱隊が参加するので出かけた。「真夜中のミサ」だが、少年合唱団の出番は始まりのころらしい。中野坂上から渋谷行きのバスに乗ると、ワシントンハイツを通るときには日が暮れていて、芝生に立つヒマラヤスギの黄色い電飾が寂しく明滅していた。 渋谷から青山までは歩き、8時ごろクリスマスキャロルを歌い終えて帰路につくときは、親しい仲間と2・3人連れだった。 空気はキンキンに冷えて、息が白かった。渋谷駅前で別れる前、だれかが「中華そば食べて行こう」と言い出した。支那そばやの暖簾をくぐってテーブルに着いてラーメンを注文する。ふつうの醤油味、焼豚にシナチク、なるとにホウレンソウというごく普通のラーメンだけど、冷えた体にしみた。40円だった。外に出ると、やはり息が白かったが、こんどは体が暖かいからだ。合唱団の制服の半ズボンに冬の風が冷たかった。見上げると冬の星がまたたいていた。クリスマスイブだった。
大学は横浜にあった。1年生のとき、グリークラブの同期で「せっかく横浜に来てるのに、中華街って行ったことないよ。」という話になった。演奏会か合宿の帰りだったのだろうか?それとも、全日本合唱コンクールの関東甲信越大会でアルバイトをしたときだったか? 5~6人で中華街に行き、「裏通りに行けばうまくて安い店があるはずだ」と通ぶっただれかが言い、裏通りを探した。手頃なこじんまりした店を見つけて入りテーブルに着いたが、だれも注文をとりにこない。バスのYくんが野太い声で「ラーメンお願い!」と叫んだ。すかさず別のだれかが「おれ餃子!」 奥の厨房からなにやら叫ぶ声がした。「ラーメンないよ!餃子もない!お客さん、バカにしてるのか!」と言っているようだ。 漢字とカタカナだらけのメニューを見ると、たしかにラーメンも餃子もない。広東料理と書いてあった。「カントンって南の方じゃなかったか?餃子は満州だぜ。」「ラーメンって中華じゃないのか?」なんて侃々諤々の議論になって、「失礼しました。注文、お願いします。」と、メニュウを見ながら注文をし直した。ぼくはたしか「パイコウメン」というものを注文した。パイコウとはスペアリブのことらしい。 とにかくラーメンというものは中華料理専門店にはないのだった、その当時は。
1980年代だったと思うのだが、職場の旅行で北京に行ったことがある。2月のことで、ちょうど春節と重なった。マイクロバスで町を走っていると、あちこちで「拉面」と書かれた看板やのぼりが目についた。「あれって、ラーメンのことじゃないか?」「面は麺のことだ、きっと。」 日本の「中華そば」であるラーメンが中国に逆輸入され、拉麺という字が当てられたのだろう。ドアにも「拉」「推」と書いてあるから、「引く」「押す」ということらしい。「拉」は引くという意味だ。拉麺とは引っ張って伸ばす麺ということなのだろう。 しかし我々が案内される観光客御用達の店には、もちろん拉麺はなかった。
就職後は磯子区に住んだ。鎌倉まで歩いて行けるハイキングコースがあったし、根岸で電車を降り、山手の丘を越えて元町に降り、中華街で昼食というコースもあった。休日の中華街はひどい混雑で、どこの店も長い行列ができる。不思議なのは、中華街で見かける外国人は中国人や台湾人、または華僑が最も多いらしいことだ。中国人が中国の町を見に外国に行くって、いったいどんな理由なんだろう? 行列のできない店もあった。行列になる店はテレビに出たとか、雑誌に載った、あるいは口コミで評判がいいというだけのことで、とくに旨い店ということではないようだ。行列のできない店というのも、まずいわけではない。どうして自分の舌を信じないのか不思議なことだ。 ぼくたちが行くのは、北京料理の店だった。いつもガランとしていて待たずにすむのだが、、女主人らしい人がいつもむっつりとし不機嫌そうだった。でも中華街ではそれが普通だとわかっていたから、気にはならなかった。パイコウメンはスープがさっぱりしていた。北京風っていうことなのか。なによりここでは大きな餃子を出す。北京は北方文化圏で餃子があるのだ。注文すれば中国にはないはずの焼き餃子も作ってくれる。顔なじみなると、ちょっとした裏メニュウも教えてくれた。ゴウヤと豚の豆鼓炒めとか。 ある時、この店に行列ができていたのにはびっくりした。テレビに出たらしいのだ。女主人はというと、以前にも増して不機嫌な顔になっていたが。
先日、家の前に大きな黒いバンが停まっていた。窓がスルスルと下りて、なにかインネンでもつけられるのかと思ったら、若いカップルが乗っていてパンフレット片手に「このあたりに◯◯っていうラーメン屋さんありませんか?」と尋ねた。それなら踏切を渡ってすぐ右側で、看板が立ってるからと教えたけれど、敷地のずっと奥にぽつんと立つその店はそんなに人気店なのだろうか? 酒田はラーメンの町だそうだ。トビウオのアゴだなど魚のだしを使うのが特徴だとか。満月だの三日月だの、月という文字を使った屋号が多いのも特徴らしい。 しかし、食べに入ったことはない。食事はできるだけ自宅で作るし、たまの外食は心の贅沢のためであり、悪いがラーメンは贅沢の範疇に入らないのだ。(中華麺は別だ。中華麺とラーメンは別物と今でも信じている。) 酒田のみならす、庄内地方では、新幹線を延伸してほしいと願っている人が多いそうだ。そうすれば観光客がやって来て地元が潤うと思っているのだろうか。しかし、山形新幹線は心情まで伸びたけれど、乗客のほとんどは山形で下車してしまう。居眠りなんかしていて目覚めると、回送車かとびっくりするほどだ。つまり新幹線が伸びたから客が増えるというものではないのだ。じゃあ、何を売りにする? ラーメン? ラーメンで客が呼び込めるとは思えないんだけどなあ。
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