2018年立冬より 立冬 麥酒(むぎさけ)に冷たさを魅しこころ地を
冬立つけふの風や解くらむ
本歌「袖ひぢて掬ひし水のこほれるを 春立つけふの風や解くらむ」古今和歌集・紀貫之 麥酒(むぎしゆ)への 想いはるかに燗の酒
夕さらば彩(いろ)黝(あをぐろ)き木樹を刺す
ぜふぃろすが風 韻(おと)の哀しき
ぜふぃろす=希臘神話の西風の神。 茜色に激しく焼けし彩(いろ)飛礫(つぶて)
なべてひととき西風(にし)と消へたり
蔦蔓の屈曲激し 冬はじめ
枯れ蔦や 貌(かたち)に秘めし永き時代(とき)
初冬の花はしつかに咲く一首一句 花八つ手 さびしきはなよかたかげに
ひと知れず咲き存在(あり)と語れる
知らぬ間に閑(しつ)かに闌(た)ける花枇杷(びわ)の闇
小雪友K・H氏に秋留の地酒「ひやおろし」賜る二句 たまさかに賜る御酒や友の貌(かお)
「ひやおろし」秋留の丘陵(やま)を想ふ宵
冬立ちて旬日いまだ残りの蚊
入り日熄(や)まば 耀ひ密(かがよひひそ)と花八つ手
或るひとの… 赤根佐須きみが小貌(こがほ)に秋ふかむ
赤根佐須=「あかねさす」は君の枕ことば。 上野山 銀杏(いてふ)落ち葉の散り敷きて
その秋を踏むをみなごの沓(くつ)
日溜まりは はや田平子(たびらこ)の花たてる
田平子=別名「仏の座」、春の七草の一。師走朔。 衣(きぬ)をもて脱ぎし樹林へ彩しぐれ
むらさきと黄色に手織るやましぐれ
やま=武蔵野では、柞(楢・櫟)など薪炭材用の二次林を平地であっても「やま」と言った。 杏落ち葉 掻けばかたへは寒の菅
盟友逝く「哀悼 植田武久氏」二〇一八年霜月末八日三首三句 共に魅し あるかでぃあの苑(その)いま何処
ひかり窮まり君をし想ふ
氏は文芸・音楽・美術…あらゆる芸術を語り合いし友垣。
アルカディア=古代ギリシャにおける牧歌的田園の理想郷。 渡彼岸(とひがん)の君が言の葉つれづれに
霜降月のひかり寂しく
渡彼岸=涅槃の意。有限な生命を超え、安らけく永遠に生きる境地。 語り合ひし 朋(とも) 武蔵野の烟(けむ)と滅(き)へ
黄葉(もみぢ)かすめる秋津の夕
紅葉(もみぢ)する 野をさまよひて盟友(とも)いづこ
黄葉(もみぢ)して無常のかぜと逝(い)にしきみ
朔風や 八十(やそ)ひとすぢの烟起(けぶりた)つ 合掌
朔風=北風。八十ひとすぢ=享年八一歳に一条の烟をかけて。 大雪や凩(こがらし)いまだ雪待ち花 待つ雪草
雪待ち花=待つ雪草。スノードロップ。 枯れ蔦の曲がる容(かたち)に想ふこと
おちこちに雪の便りや木瓜(ぼけ)蕾む
藪柑子(やぶかうじ) 紅実四つ三つ 二つ三つ
湯豆腐四句 湯豆腐やひとのはだへと識(し)る今宵
湯豆腐の皓(しろ)にものおもふ宵のあめ
湯豆腐やその皓(しろ)深し燗徳利
湯豆腐や薬味の葱に懺悔(さんげ)が夜
月上弦 冴えざえ更けてこほる闇
山茶花や月上弦にしづもりぬ
山茶花や寒風(さむかぜ)ささと小夜冴へる
神保町 をみなをのこの行き交はば
われおもふらく過ぎし日の夢
夙(つと)に一輪 一陽来復 寺の苑
冬至二〇一九年亥歳 歳旦句 寒林の亥彩(いさい)に兆す はるむらさき
亥彩=造語、いのしし色。明度・彩度ともに低い橙色
「はる」は春と張るの両義 朔風=北風。 萬枯叢中紅一點 ばんこさうちゅうこういってん
相對朔風寒木瓜 さうたいさくふうかんのぼけ
寒林をかぜ駆け抜けし過疎の邑(むら)
寒林や 風の行方も定め得ず
冬木立抜けし風在り晝真中(ひるまなか)
冬木立あかねに染まる入り日頃
尻取り詠 四首 牧水の母への想ひしみじみと
若山牧水に「ああ接吻(くちづけ)海そのままに陽は行かず鳥翔(ま)ひながら死(う)せはてよ いまの絶唱あり。 をみなの情け噛みし冬の夜
冬の夜の梢に昴星(ほし)のかひまみて
昴星=すばる。冬の夜空を統(す)べるプレアデス星団、七つ星。 天地冴へざへ不動の静寂(しじま)
静寂(しぢま)打つ 乾坤一擲ましろなる
たぶらふに置く紅き血のかげ
たぶらふ=タブロー、画面のこと。 かげ長し厨(くりや)にいたる陽のいろに
はつかに聴こゆ はるのささやき
かづら絃(お)の容(かたち)に倣(なら)ふ去年今年(こぞことし)
かづら絃=葛絃、仙人などの琴に蔓葛を張り弦とした。
奏でる音楽は、普通には聴くことの出来ない「心の裡の音楽」の意を持つ。 芽握らば辛夷(こぶし)の含むはる温み
小寒小寒の四分の一日食・三句 えくりぷす 寒林秘めし太古が刻
えくりぷす=エクリプス、天体の食。 天の蝕 失宇宙観在り冬木立
影の月 日輪喰はば凍みし風
神田川 西風(にし)一陣に水面(みなも)たつ
縮緬の波 はたいわしぐも
かるがものうき身はさびし神田川
さむかぜ透す温(あつ)き血汐に
刺すかぜや されど日輪 はる温(ぬく)み
凍て霄(そら)に つき上弦を奏でたり
大寒 大寒や凍(い)て深閑と望(もち)の月
望=満月。 大寒や乾(けん)坤(こん) 寂として動かざる
乾坤=天地。 寒三更 天地閑寂に澄み亘る
三更=子の刻・夜中の零時前後。 丑(うし)紅(べに)と いふ緋をみたし木瓜のはな
丑紅=寒中・丑の日に精製された寒(かん)紅(べに)は特に優れ、薬効もあると言われる。
「みたし」は、充たしと見たしの両義。 密(ひそ)と芽ぐみ はや生命(いのち)起(た)つ はるの百合
百合=貝母(ばいも)、「はるゆり」と
も。くろっかす、一番蕾発露・如月朔日 花洎夫藍(くろかす)の 蕾む如月 かぜ招き
寒こずゑ はつかに染めてはるむらさき
はつか=わずか の古語。 寒林の梢に寄せる はるの夢
削り化す
吾が調彩板(ぱれつと)の 削り化す
血汐いろなす 粒(つぶ)・飛礫(つぶて)
そはゆくりなき 偶然の
意味の果てなむ 摩訶不思議
削り化す=削り滓(かす)だが、別世界に「化する」の合体語。 2019年 春秋游吟三十九
立春へ続く