2019年立春より 立春 あくがれし節気の夢や 春立つ日
あくがれ=古語。「あこがれ」は鎌倉期以後に使われた。 風立ちて想ひあまたに春うらら
夜雨明けて 虹玉きらら はる梢
如月七日 くろっかす初花二輪開く 春洎夫藍(くろかす)の
かたはら抜けて南風(まぜ)の条(すぢ)
春洎夫藍(くろかす)=クロッカス。
当種は「ボタニカルクロッカス」で早咲き種。
スノードロップが終え彼女に受け継がれる春だ。
去年より四日早い。 霜どけの水に韻ありはる耀(ひか)る
南天の緋に想ひ果つ春の雪
朔風に向かひて刺さる 戻り冴え
朔風=北風。 かへり冴え 覆載(ふうさい)宵に音もなし
覆載(ふうさい)=天地。 うすぐれに ひと肌椿三つ二つ
叢竹を疾走(はし)り坦懐 涅槃西風(ねはんにし)
涅槃西風(ねはんにし)=釈迦涅槃会のころ(二月一五日前後)に吹く西風。西武所沢駅春疾風(はるはやて) 西郊のほおむに はるの陽はあれど
いまだ醒めざるこほりの刃(やいば)
春浅き林に入ればあまたなる
小(ち)さき生命(いのち)の聲聴こゆみよ
はる遅し 遠音のはざま縫ふ飇(はやて)
雨水 獺(をそ)の石塔(ひ)を はつかに濡らすあめの脚
獺(おそ)=かわうそ。
雨水の初候に「獺(かわうそ)祭ルレ魚ヲ 」とある。 何となく心情(こころ)の疼く はる今宵
はる愁ひ 鵯(ひよ)の一叫 時宜俟(ま)たず
春霞 立たば蠢(うごめ)く胸の裡(うち)
春一番いまだ吹かずや二月盡
春一番=立春から春分までの、風速八米以上の南風。
二番、三番…とある年も、今年遅い。 春雨や土手に貼り付く去年落葉(こぞおちば)
濡れて深紅(くりむそん)の神田界隈
くりむそん=クリムソン・レッド。 啓蟄 土啓(ひら)く ときめき蟄虫(むし)と共に在り
貝母(ばいも)さはぐ 今咲かんとす庭の闇
佐保姫躊躇 宵の彌生の寒三度
佐保姫=春を司る神。
彌生春宵に気温は三度、春未だ。 柔肌や料峭(れうせう)いまだ褪(あ)せざるも
ひかり耀(かが)よふ乃木坂の女(ひと)
料峭=りょうしょう。春風肌に寒きこと。 六本木 嫩芽(わかめ)を濡らし春のあめ
春寒料峭 猫が胸毛の風ふるへ
辛夷、彌生十一日開花 辛夷(こぶし)ひらく地平線へと血のうねり
杏綻ぶ、彌生十二日 やはらかき風に蕾のいさなはれ
かたき胸元そそとはじけり
うすももの襟衣(えりぎぬ)を割りはな杏
柃(ひさかき)のにほふ夕の胸さはぐ
柃=ひさかきは生ガスに似た異臭を発し、
早春の憂愁を煽るのである。 熄(や)みがたき 心情(こころ)をみだす柃(ひさかき)の
香にものおもふ春の夕暮れ
六本木舊道にうち捨てられた廃屋 六本木 舊道に遺る破れ家の
持ち人如何な春の夢見ゆ
廃屋の坪庭に起(た)つ木下萌え
はる眞晝 をみなのひいる韻(おと)たかし
をみな=若い女。因みに「おみな」は老女。
ひいる=ハイヒール。
香りはコンティヌオ(通奏低音)、春風は色彩に充つ。 はなに音程(おと) かぜに色彩(いろ)在りはるの宵
春分 杏吹雪 はらはらはらと かぜのすぢ
坪(つぼ)菫(すみれ) 大樹の根元ひかり射し
何よりゆかし暮れ泥(なづ)む刻(とき)
山路来て何よりゆかし菫ぐさ・芭蕉がある。彌生二十三日黄蝶初めて舞ふ 季(とき)満ちて黄蝶はらはら菜虫化す
このころ七十二候に「菜虫化為蝶」とある。 杏吹雪 鶲(ひたき)の抜けて風の条(すぢ)
鶲=尉鶲でつむぎ科、胸オレンジ色、すずめ大。S・Η氏千代田管弦楽団定演、紀尾井ほほる彌生晦日 千代ふぃるや 紀尾井のはるの桜狩り
落花の雪に踏みまごう堅田の春の桜狩り…引用太平記 花冷えや八重紅(やへべに) 枝垂(しだ)る彌生盡
二輪草 花遅々として冴へ返る
卯月朔日気温五度、希なり。
卯月二日気温三度、異常寒波。新元号「令(れい)和(わ)」制定 「令和」なる令月(つき)冴へかへりかぜ凍みる
「春愁令月」
雖暖光在
朔風未熄
令月皎々
春霞何処
春愁想患
和世風無 暖かき光はあれど
朔風は未だ熄(や)むなし
令月(れいげつ)の皎々として
春霞何処にぞあり
春愁に思ひ患ひ
世に和(なご)む風のあれかし
新興「四言絶句」漢詩のアヴァンギャルド。
朔風=北風。
「令和」の出典は万葉集、
「于時初春、令(○)月気淑風 和(○)…」春愁四句 春愁やふかむ梢の彩(いろ)につれ
かぜいちぢん 春愁ひとつのこしさり
はるうれひ かぜひとひらの影おとし
春うれひ ふかむ生命(いのち)の綱を撚る
卯月十日気温二度 二度なるや 旬日卯月 宵冴へる
神田川櫻吹雪 花筏 流れてゑがく澪(みを)のすぢ
杏蘂(あんずしべ) おとのかそけく吾がかたへ
櫻蘂(さくらしべ) 潦(たづみ)の容(かた)を遺したり
潦=にわたずみ、庭に溜まった雨水。 楓蘂(かへでしべ) 石の閒(はざま)を紅に染む
蘂の降る韻(おと)を聴かむと佇まば
ちぢに乱れむ鶲(ひたき)の飛翔
鶲=尉鶲(じようびたき)。武蔵野に尉鶲が多い。 幼(いたい)気(け)の白山吹に秘められし
想いはなにに譬へしものぞ
竹の秋・春晝四句 舞ひあがり 舞ひて地に果つ竹の秋
竹葉舞ふや かぜまひたるや禅寺(てら)の晩春(はる)
竹葉擦る韻(おと)の可蘇気伎(かそけき) 晩春(はる)の禅寺(てら)
可蘇気伎(かそけき)=「わが屋戸のいささ群竹吹く風の音の可蘇気伎(・)この夕かも」(万葉)あり。 竹林に佇たば春愁「無界(む)」の在りや
無=絶対的「眞」の姿またはその境地。
穀 雨
愚聴風、春の野芥子の絮に
感情移入すること頻りである。 野芥子(のげし)の絮(わた) 幽(かす)かな東風(こち)にいさなはれ
ふれて彷徨(さまよ)ふ道のなきみち
「芥(け)子(し)薊(あざみ)」
けしあざみ
ゆるりと流るかぜのすぢ
そなたの絮(わた)に
息を吹き
流れるかぜに絮(わた)を載(の)せ
碧空(そら)の果てへと
吹き出(いだ)し
想ひをひとに告げてみよ
絮(わた)の皓(しろ)さと
碧空(そら)のあを
絮(わた)=蒲公英の種子に似た綿毛様の種子。
芥子薊=春の野芥子の別称。
ひと=仮名書きの場合は特定の女または男をさす。
皓(しろ)=耀くような白色。 芽吹きに添ふ生命(いのち)の水や沛雨(はいう)の夜
沛雨=激しく降る雨。 木花之佐久夜(このはなさくや) 萼(がく) 花ひらを巻くかぜに
未刻(ひつじ)は夏のちかき日を告ぐ
木花之佐久夜(このはなさくや)=木花之佐久(このはなさく)夜比売(やびめ)。
大山祗神(おおやまずみのかみ)の娘で富士山の祭神。
未刻=ひつじの刻、現午後二時前後。
本来、木花とは櫻だが、ここでは一般樹木の
榎・楢・櫟・水木・鼠(ねずみ)
黐(もち)等の初夏の木の花。 嫩芽戦慄(ふる)ふ 立夏間近の戻り冴へ
いまごろは桷(ずみ)の花間に
ゑがく風
桷(ずみ)=桷(ずみ)と小梨は同じ樹木。 毗
山小舎の小梨咲ひたか穀雨盡
薺(なずな)咲く籬(まがき)におもふひ
小梨=信濃追分聴風庵の小梨。
参 蕪村句「いもが垣根三味線草のはな咲きぬ」 未だ識(し)らず渺然(べうぜん)の地やはるの夢
渺然(びようぜん)=広く果てしない世界。 動脈血(ち)の敷布
夢と識(し)りせば晩春(はる)の宵
はる=「張る」と「春」の両義。
動脈血(ち)の敷布=小生の連作「深紅の苑」=2019年汎美展出品 花さかる されど濁りの彩(いろ)あまた
大祓(おほはらへ)あれ濁りの霞み
大祓=罪や穢れ等を祓い浄める神事。 濁世(じよくせい)とは濁りし彩色(いろ)か はる霞む
生臭さ にほふ国際(くぎは)の はる今宵
春の野芥子再び 「野芥子咲く」
野芥子の絮(わた)は 銀の色
絮毛(わたげ)ひとふき 風にのせ
絮に託さむ 恋のふみ
いくひ彷徨(さまよ)ひ いづくへか
恋しきひとの らぶれたあ
絮(わた)=蒲公英に似た綿毛状の種子。野芥子 のるまんでぃの海浜に寂しく佇む 野芥子の絮(わた)の 海航記
流れながれて とつくにの
濱の眞砂(まさご)に 生を受け
もんさんみしぇる懐かしむ
のるまんでぃの「もん・さんみしぇる島」 愚聴風油彩