12月29日の朝日歌壇には、アフガンで倒れた中村哲氏を悼むものが多かったのですが、中にはこのような歌もありました。
先生を返せお前も井戸を掘れ正しいことなら何故撃って逃げた(奈良市 矢尾米一)
その怒りはよくわかります。でも、ぼくならその怒りはその先にあるものに向けたい。
いわゆる9・11のテロ事件があり、当時のブッシュ大統領が即アフガニスタンを攻撃し、さらにイラク戦争を始めた。日本は、湾岸戦争で「金は出したが汗はかかなかった」批判されたことに懲りてか、自衛隊の中東派遣を模索した。意見を求められた中村氏は「有害無益」「中東で現地のために働いている日本人の命を危険にさらす」と警告しました。
日本が軍隊を持たず、平和憲法を持つ国であることは広く知られていて、一目置かれており、現地でも日本人は憲法に守られているのだというのです。しかし、その危うい均衡は破られてしまいました。
中東では、敵の敵は味方。敵の味方は敵といいます。その危険は現実のものとなって、ペシャワル会も武装した護衛をつけなければ活動できなくなっていたとそうです。
中村氏の悲劇は、私たちの無関心と無作為が原因と言っても過言ではないと思います。派閥、軍閥が割拠する現地では、現地の日本人の善意の行動も、何かよからぬ意図を隠しているのではないかと勘繰られてしまう現実があると聞きました。
怒りといえば、中村氏の遺体を出迎えるでもなく、葬儀にも関係者はだれも顔を出さなかったように見える日本政府。それが氏の栄誉をたたえて勲章を授与するとは? 私が怒りを覚えるのは、このような姑息さに対してです。
さて、酒田は今朝はおだやかに晴れました。嵐の前の静けさでしょうか。こんな日は、リスが活発に活動します。期待通り、いまでも兄弟でくらしているらしい、春に生まれた子どもたちに会いました。とはいえ、写真一枚には1匹しか収まらないのですが。(最低3匹は確認できました。)