酒田に移住して10年以上たちました。酒田暮らしの楽しみの一つは、朝夕の森の散歩です。特に犬がいる間は、嵐だろうが吹雪だろうが、それこそ愚直に散歩を続けました。
楽しみというのは、人口の松林だったところが雑木林化しているために、昆虫や花や野鳥などに出会うことです。毎日、退屈したことがないというのは、ウソでも大げさでもありません。
ここにはキツネやリスもいると聞いた時には、少なくともその証拠ぐらいはみつけようと思ったものです。
キツネやタヌキの存在は、雪の上の足跡で確信できます。でも見たことはほとんどありません。ただ一度、早朝、タヌキを隣接する住宅街で見ました。そしてこれも一度だけ、連れ合いがキツネらしい姿を遠くから見たそうです。
散策路の杭の上に、クルミの殻があったことが、リスの存在を確信した始めです。オニグルミというクルミは堅くて、ハンマーやペンチを使っても割れないのですが、それがきれいに割れていたのです。それができるのはリスだけだと知っていましたから。
初めてリスを見てからも、生身のリスには1年に2~3度という頻度でしか会うことができませんでした。それが、だんだん回数が増えたのは、こちらが慣れてきたというより、リスの生息数が増えたのだと思います。実際、リスの好物のクルミの木は以前より増えているし、クルミの殻やかじられた松の実(見た目が似ているのでエビフライと呼ばれます。)も、増えています。とはいえ、クルミがたくさんあると、松は食べないらしいこともわかってきました。まして、ドングリ(ここではコナラやミズナラ)は食べないらしいことも。ドングリが含むタンニンの渋さが、さすがに苦手なのではないでしょうか。
絵本で知られるようになった「リスが木の実を地中に隠し、忘れてしまった実が発芽して森を作る」という話はどうやら誤解、というか少し違うということがわかってきました。ナラ類のドングリは地に落ちて条件が良ければ勝手に発芽します。発芽するときのナラの実は、真っ赤になります。発芽には有害な紫外線を防ぐ色素(ポリフェノールのアントシアニン)が増えるのでしょうか。
少なくともここでは、リスが隠すのはクルミに限られています。地中や木が枝分かれするすき間、木のうろなど、あちこちにすこしずつ隠しておきます。リスはそれをよく記憶しているようです。彼らは、ねぐらからスルスルと降りてきて、ピンポイントで隠し場所に行き、さっさと掘り出してしまいます。あちこち探している姿は見たことがありません。
クルミが発芽して成長するのは、リスが忘れてしまったのではなく、始めから多めに貯食しているために余るからです。
今朝も1匹のリスに遭遇しました。彼、または彼女は、木から降りてくると、人が行き来する小道を決然と走り出しました。尻尾を揺らしピョンピョン跳ねながら。そして、高校のテニスコートのヘリを抜けて100m先のナラとクルミが数本立っているところまでたどり着くと、後ろについてきた私たちをやりすごすために木に登っていきました。
この場所は、高校と介護施設に囲まれたエリアですが、10年前には一つのつながった森でした。その後に施設や学校ができて分断されたわけです。おそらくこのリスが生まれる以前のことですが、ここが彼らの生きるつながったエリアであったことは、このリスの一族に伝わっているらしいのです。このリスたちがたびたび、両方のエリアを行き来する姿を見ます。
さらに今朝のように、遠く離れた場所に決然と向かう姿を見ると、大豆ほどの大きさの脳しか持たないリスにも、今日はどこでなにをしようというような計画と意志を持っているのだと思わされます。
そうそう、思い出しました。今朝会ったこのリスたちは、サッカー部やテニス部の練習を見たり、人や犬が自分たちの暮らす下を歩くのを見て、人はさほど恐ろしくないことや、適度な距離をあけて観察すればおもしろいということを学んでいるらしいのです。
一昨年、彼らの1匹が、例の離れたエリアのナラの木の上から私たちを見下ろして観察していたこと、そのときまるで笑みを浮かべているような表情をしていたことが忘れられません。