燃料の高騰などで、東京の銭湯が店を閉めたというニュース。
　祖父が戦後の「農地改革」で手放した土地代で建てたという家に、永福町の社宅から引っ越したのは、3歳くらいの時だった。電車通りに面した2階の窓から、高い煙突が見えた。銭湯である。家に風呂はあったが、すぐにできた同じ路地の友だちが誘いに来て、みんなで銭湯に通ったものだ。石鹸を尻に塗って床をすべっては叱られ、熱いからと湯船に勢いよく水を入れては年寄りにどやされた。「うめんじゃねえぞ、ばかやろ！」
　職人の背中の彫り物というものを初めて目にし、裸になると、大人は服装ではなく、体格がものを言うのだなと学んだ。そしてそれより上を行くのが、背中の彫り物であり、青一色より赤色が入った方が各が上らしかった。脱衣場に行けば、晒（さらし）の腹巻をする人がいたり、越中ふんどしを愛用する老人もいたものだ。
　フルーツ牛乳はもちろん腰に手を当てて飲んだ。
　じいさんたちは浪花節をうなったが、「労働者」のお兄さん2人がコーラスをしていたこともある。
　ここで熱い湯に慣れたため、郊外の銭湯や地方では、湯がぬるくて困ったものだ。「てやんでえ、江戸っ子じゃあねえけどよ。」
　ニュースに出てきた銭湯は中野区の銭湯「千代の湯」。まさにぼくたちが通ったあの銭湯だった。富士山のペンキ絵は、当然何代も代替わりしているはずだが、昔のまま、海から眺めた富士山。現実にありそうもないほど、海岸からせりあがる急角度の富士山だ。

五月雨や昭和も遠くなりにけり　（謙）