前国会事故調委員長黒川清著「考えよ、問いかけよ <出る杭人材が日本を変える>」(毎日新聞出版)が出版されました。
素晴らしい名著です。
厳しい忠告に満ちておりますが日本の再出発のための最高の手引きです。
同書の構成は下記4章です。
1.時代に取り残された日本の教育現場停滞から凋落へ向かう日本の科学技術
2.停滞から凋落へ向かう日本の科学技術
3.「失われた30年」を取り戻せるか
4.日本再生への道標を打ち立てる
各章で特に注目される指摘を紹介させて頂きます。
第1章「知識を用いて議論する、(家が得る―ミスプリ)考える、これこそが人間の真の賢さであり、それを施すのが高等教育です」
大学の第一の責務は商売のやり方を教えるのではなく叡智を授けることである。専門的な知識を仕込むのではなく人格をはぐくむことだ」(ウィンストン・チャーチル)
歴史から学ぶ「叡智」と「哲学」こそが大事なのです。自らの頭で考える経験を積んでいる海外の真のエリートたちと、コンセプト(発想・概念)では勝負になりません。
第2章 停滞から凋落へ向かう日本の科学技術日本の論文数の伸び率は約4%。主要国の中で唯一横ばいです。
日本の研究現場は家元制度に近い。もっと他流試合をさせなくてはならない。
学生諸君、大学院は海外に行きましょう。
日本の科学研究力を復活させるためには、若い研究者に海外に出るチャンスを出来るだけ多く与えることです。いったん外に出てみれば、若者は(巨樹-ミスプリ)教授の研究をサポートするのが仕事だとされている日本の家元研究室のおかしさに気づき、これをぶち壊してやろうという気にもなるでしょう。
国の科学研究力を図るには質的観点として「トップ補正論文数」が重要となりますが、主要先進国で唯一この30年間にこのシェアを減らし続けているのが日本です。
日本の成功と失敗の体験は科学技術を国家観の中に取り込み、政策理念としての基盤を築くことには寄与しませんでした。
「日本の近代医学の父」と言われたドイツ人医師エルウィン・ベルツ先生の苦言「日本では科学の成果を引き継ぐことだけで満足し、この成果をもたらした精神を学ぼうとはしないのです」は放置され、この病巣は存在し続けております。
第3章「失われた30年」を取り戻せるか
2022年8月末時点で時価総額の世界一はアップルで2・5兆ドル、日本のトップ企業であるトヨタ自動車は時価総額0・24兆ドルで40位、ほんの数十年で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が見る影もなくなってしまったのです。すでに時代が変わっているのに古い「モノづくり」からかたくなに脱却しようとしない日本が時代に取り残されていくのは必然です。物質的な資源に乏しい日本は知的財産を資源として世界経済に打って出なければならない筈です。そのために動かない・動けない日本の企業と大学には中長期的なビジョンとイノベーションが欠乏していると言わざるを得ません。
イノベーションの本質は新しい社会的価値の創造です。イノベーションを支えるのは出る杭とされる人材です。組織や肩書にとらわれず、失敗を活かし、経験を積み「異能」を押し通し世界を大きく変えることに成功した人達です。
日本で「出る杭人材」が十分活躍できない根本的原因は世界でも類を見ない人材流動性の低さにあります。日本の企業人には「会社を移動することは、日本の社会制度からの脱藩である」という認識があります。タテに拘束されヨコに動けない組織・社会では上司に忖度するようになります。
時代は「形のないものに形を作って行く」というパラダイムにシフトしております。
必要とされるのは一球ごとに考える時間のある野球型ではなく、状況に応じて動き続けるサッカー型の人材です。
日本はサミット(主要国首脳会議)で常に「ヘルス」という視点を打ち出し「健康問題は世界が一丸となって立ち向かうものである」と提案してきました。課題へのモデルを構築し世界に示すことが出来れば世界に売れる商品となる筈です。
日本人が日本土記事の医療制度を世界に示す。そして、医療費高騰という課題を解決して見せれば、これは「健康大国日本モデル」と呼ばれ、世界がお手本とするものとなるでしょう。
第4章 日本再生への道標を打ち立てる国内外で事故の分析と調査が急ピッチで進む中、海外の友人や知人らのコメントから「日本政府と産業界は『真実』を隠しているのではないか」という疑念が世界中に広まりつつあるのを肌で感じました。
震災から半年がたった2011年の9月末、ようやく国会事故調査会の発足が決まりました。そして12月8日、「約6ヵ月後までに結論を出す」ことを求められました。このような民間人による独立した調査委員会が設置されるのは、日本の憲政史上初めてのことでした。
同国会事故調は20回の委員会のほか関係者延べ1167人を対象としたインタビューや聞き取り調査、1万人を超える被災住民アンケート、計3回の海外調査などを実施しました。そして2012年7月5、「地震と津波による自然災害ではなく、明らかな『人災』である」と結論づけた報告書を国会に提出しました。そしてこの冒頭で、事故の背景に「規制の虜」という概念があることを明示しました。
調査で判明したのは、規制うぃする側である経済産業省や原子力安全・保安院、そして立法府までも規制される側である東京電力に取り込まれ、原子力利用の推進を前提として東京電力の利益のために機能するようになっていたということでした。
日本のメディアにも大きな責任がありました。規制当局と電力会社の説明を垂れ流しにすることで済ませ、自ら調べて監視していくという姿勢は見られませんでした。このような原子力発電の利権によってなれ合った産官学とメディアは、総ぐるみで「原子力ムラ」と揶揄されています。そして「規制の虜」という状況が原子力ムラという異常な社会構造を支え、原子力政策において「日本の原発では過酷事故は起こらない」という楽観主義がまかり通ることになったのです。電力会社は原発の状態をその時々の適正な国際レベルに整合させる必要があります。
2006年原子力安全保安院は指針を改定し全国の事業者に耐震バック・チェック(安全性評価)の実施を求めていました。東京電力は耐震バック・チェックをほとんど行わず、最終報告の起源を2009年から2016年まで実に6年半も先送りしていたのです。
さらに、数少ない「チェック」箇所が「フィット」しているかも明確にしませんでした。
「安全神話」のシナリオはフィクションでしかなく、根拠のない願望にすがって安全対策を放置し、その放置した箇所が大事故を起こしてしまったのです。きっかけは地震と津波だったかもしれませんが、事故が「規制の虜」によって起こった「人災」であることは異論の余地がないでしょう。
586頁の国会事故調報告書は以下の提言を行いました。
1.規制当局に対する国会の監視
2.政府の危機管理体制の見直し
3.被災住民に対する青婦の対応
4.電気事業者に対する征夫の対応
5.新しい帰省組織の要件
6.原子力法規制の見直し
7.独立調査委員会の活用
日本の原発体制はあれだけの大事故から10年以上が経っても何も変わっていないのです。国会事故調として取りまとめた分厚く、かつ中身の濃い報告書はこの10余年ほとんど顧みられないまま棚ざらしにされ続けています。
原発を再稼働させるためにはIAEAが基準として定める5層の「深層防護」が絶対に必要です。
IAEAの日本担当官が経産省の官僚に「どうして日本は深層防護をやらないのか」と問い合わせたところ、「日本では原発事故は起こらないことになっている」と返答されたといいます。
日本の脆弱さは世界にはとっくにバレていたのです。
このままだれも責任を取らず、失敗から学ばず、改革のための具体的な行動を起こさなければ、また同じような事故が繰り返されるに違いありません。
事故前から日本の原子力行政は「日本の原発は世界で最も厳しい安全基準を満たしている」と主張していましたが、ふたを開けてみれば、これはまったくのでたらめでした。政官と電力会社が手を組んで、世界水準から目を背けていたともいえるでしょう。日本は先進国で経済的にも豊かな民主国家だと思われていましたが、何事も「お上頼み」であったということが世界の白日のもとにさらされてしまったのです。
国会事故調報告書は海外から高く評価され、まとめ役を務めた私(黒川)はアメリカ科学振興協会から「科学の自由と責任賞」を授与され、また、アメリカの外交専門誌「Foreign Policy」は「世界の思想家100人」の一人に私(黒川)を選出しました。このような海外の反応とは対照的に日本の動きが極めて鈍いことに日本人として忸怩たる思いでいます。
本来ジャーナリストは個人としてどう考えるかを発表して社会に問題提起するべきであり、それこそが民主主義の基本です。しかし日本人にはそれが出来ません。結局、記者クラブは「政府の広報機関」になり、そこに属するジャーナリストは御用記者になってしまっているのです。
国会事故調の調査の中で痛感したのは、当事者であるこの国のエリートたちの無責任さでした。
日本人は全体としては優れているのですが、大局観を持ち「身命を賭しても」という覚悟の感じられる真のエリートがいません。これは国民にとって大変不幸なことです。日本の中枢そのものが「メルトダウン」していると痛感しました。
日本の社会には年功序列や終身雇用といった「単線路線のエリート」が多く、省庁間の人事交流は多少はあっても「本籍」は変わりません。企業も同業間での転職はほとんどありません。単線路線において出世するには前例を踏襲して組織の利益を守るに限ります。上司の顔色をうかがい「忖度」をする。日本社会で出世するのは世界の二流、三流の人材ということになります。
日本の組織には日本特有の「グループシンク」と呼ばれる意思決定のパターンが存在しております。「異論を唱える義務」を放棄するこの病は日本のあらゆる組織で蔓延しています。原発事故の根本的な原因は組織の利益を優先し、問題を先送りしていった「単線路線の日本エリート」の「グループシンク」いうマインドセットである―私はそう考えております。(了)
以上、黒川清先生の日本の、そして世界の将来にとつて、最重要課題に真正面から取り組む名著を紹介させていただきました。黒川先生から先ほど頂いた連絡によれば同書の英語版が出版されることになったとのことです。同書が日本一新、世界一新のこの上ない手引きとして最大限活用されることを祈ってやみません。
村田光平
(元駐スイス大使)
出る杭人材 が日本を変える 引用元:小泉純一郎元総理宛メッセージ
小泉純一郎総理殿
令和4年11月15日 村田光平 (元駐スイス大使)
拝啓 ご健勝のことと拝察申し上げます。 前国会事故調委員長黒川清著「考えよ、問いかけよ <出る杭人材 が日本を変える>」(毎日新聞出版)が出版されました。 素晴らしい名著です。 誠に厳しい忠告に満ちておりますが日本の再出発のための最高の手引きです。同書で特に注目される指摘を6回に亘り紹介させていただいた全文は別添の通りです。 この立場からすれば再稼働など問題外であり、とりわけウクライナで原発が砲撃対象になったことから何も学ばず今なお原発の安全を確保できると考える専門家が存在すること自体大問題の筈です。再稼働の期間延長に言及する専門家の資質、さらには倫理観が問われてしかるべきです。 福島原発事故を予見したとされる拙著「原子力と日本病」(2002年6月発行)で指摘した日本病(責任感の欠如・正義感の欠如・倫理観の欠如)の具体的症状の背景が黒川先生の近著で見事に解明されていることに感服し共有させて頂く次第です。 残念ながら「日本病」は「世界病」になっております。かねてから日本一新、世界一新に言及している所以です。 貴総理の一層の御活躍と御健康をお祈り申し上げます。 敬具 |