
得体の知れない「政党」が乱立して、気味の悪いことです。さらに気味の悪いことに、そこは譲るまいと思っていた基本的な立ち位置さえ、他党との連立のためとはいえ、あっさりとかなぐり捨てる党があることです。これはその党への信頼ばかりか、政治そのものへの不信感を招きかねない由々しき問題です。
かつて安倍が唱えた「美しいニッポン」という言葉も、再び耳にします。でも彼らの考える美しい日本には「日本語」は入っていないようです。それどころか、政治家ほど言葉をないがしろにする人たちはいないのではないかと思うほどです。文法の原則外れた言い回し、敬語の間違い、言葉の取り違え(目配りを目配せ)、読み間違い(施策、施行をセサク、セコウ)、一番許せないのは堂々と嘘をつくことでしょうか?
国会や政治家だけでなく、社会の中で言葉へのセンスが鈍くなってはいないかという気がしませんか?
最近気になっている気象予報の言葉を例にあげると、
「今日は強い風、または非常に強い風が吹くでしょう。」
調べると、15~20m/sが強い風、20~30m/sが非常に強い風だそうなので、上記の言い方が間違いとは言えないのでしょう。でも日常的な言い方としてはどうでしょうか?まるで「強い風と非常に強い風」は別なもののような言い方です。しかし風の強さは、人間が段階的に区切っただけで、変化は連続的なものだから、ぼくなら「または」でつなぐのは不自然だと文法の授業で言いそうです。
「今日は強い風が吹くでしょう、非常に強くなる可能性もあり注意が必要です。」なら完璧ですね。
先日、AIアナウンサーがこう言いました。「午後は風強いでしょう」
ほめたいことが一つ、ダメだしが一つというところです。ほめたいのは、天気予報で「午後は雪でふぶく。」「明日の午後は風強い。」というような突然のいい切り型をよく聞くからです。他は「ですます調」なのに、「そこだけいい切りかい!」と苦々しく思っていました。だからAIアナのくせに(ごめん!)「風強いでしょう」と丁寧に言い終えたところは偉いと思ったのです。
ダメな点は、そこまで言うなら「午後は風が強いでしょう」と助詞を入れてほしかったからです。
でも、AIだろうが生身のアナウンサーだろうが、現実は出来上がった原稿を読んでいるに過ぎないわけですね。「下読みくらいしておけよ」とは思うけれど、責任は原稿を作成した側にありそうです。
その原稿も、ことによると、AIだかなんだか、自動的に作られているのかもしれないと思い始めています。きっと天気予報くらいなら、何通りもの既成の例文があるのです。そして風やら晴雨やらが空欄で、そこにExcelかなにかの表から、語句をコピーして貼りつけるというまあ手抜きな作業をしているに違いない。だから表の「雪でふぶく」だの「風強い」だの「風、非常に強い」だのがそのまま、文脈に即した書き直しを経ないままなのではないかと。
AIアナが進化して、生身のアナウンサーとの区別がつきにくくなってきたのはいいことなのでしょうが、逆に人間のアナウンサーが機械のような話し方をするようになる前兆?だったら怖いなあ。