春 秋 游 吟 02
青 春 春立ちて 艶めく猫や昼の月 [立春]
ゆらぎつつ夢路幽かに海市や 熄む(海市=蜃気楼・汎美)
春女神未だ裸身をさら曝し得ず
沈丁のかぜのながれや猫日和 [啓蟄]
羽音一瞬 梢かすめる春うれひ
木の芽して想いいさよふ宵のあめ
春愁や墓石をおおふ苔のあを
風を聴き睡る猫あり春うれひ
猫毛舞ふ 風幾条も春愁ひ
はなのあめ ひとの籬(まがき)を濡らすほど [清明]
朱 夏
をみなごの肩のしろさに薄暑来る
奥入瀬渓谷、以下三句 奥入瀬の瀬音かなしや栃にほふ [芒種]
栃のはな甘きにほひに瀬が絡む
栃のはな ほとりと肩に降る今宵
信濃の国茂沢東光寺、以下四句 古不動尊 郷(さと)の旱天見そなはす [大暑]
夏草の にほひ果てなむ不動尊
明王の鄙(ひいな)さみしや草にほふ
不動尊 鄙炎天の草いきれ
茂沢白髭神社、以下五句 蕎麦の花を 白髭にして社(やしろ)ふる
古社旱天 音無く散りし葛の花
旱天に落ちて一塊葛の花
旱天や 葛葉返しの風ばかり
炎天直下 人見ぬ郷(さと)を通りけり
◇ ◇ ◇
立ちのぼる噴煙酷暑免れず
見はるかす浅間連山至暑のなか
浅間嶺のけぶり遙かに秋の立つ [立秋]
真昼閑(ひるしつ)か風も生命も陽に殺(さ)され
茂沢、以下四句 鄙(ひな)の墓所蔭むらさきに夏旱(ひでり)
炎天や墓所に一微のあるでなし
炎天に動く物なし葛が花
秋風の白く吹き抜く鄙の寺 《信濃上発地・大聖寺》
火山灰(よな)まとひ あはれあはれのつりふね草
火山灰(よな)舞ひて斑(まだら)模様の真葛が葉
白 秋
錦秋を錦・ 愁と問ふ愚聴風
錦繍に織り姫の肉体(にく)おもはざり 《織り姫=ベガ》
D寺開山堂頂相四句 秋白し 頂相(ちんざう)玄(くろ)し おほきてら
頂相(ちんざう)の朱の唇さやに秋暮れる 《頂相=高僧の肖像彫刻》
頻婆果(びんばくゎ)の唇(びる)鮮やかに萩のかぜ 《頻婆果=印度の紅の果実》
消し炭の色の狭衣(さごろも)月天心
◇ ◇ ◇
陸奥(みちのく)蔦温泉、以下十三句 山毛欅(ぶな)しぐれ 彩りふかむつた(蔦温泉)の谿
山毛欅吹雪 哲子愛(かな)しや蔦湯(つた)のよひ
山毛欅やまの はつかに白し蔦湯(つた)の秋
山毛欅山に 風錚々と冬立ちぬ [立冬]
山毛欅ふぶき 黄葉(もみじ)蔽(かく)してやま暮るる
跫音(あしおと)を濡れ葉に 留めて山毛欅の秋
梢吹く 韻(おと)の幽けき山毛欅の秋
残菊あはれ 雪の舞いたる山毛欅疾風(はやて)
雪舞ひて山毛欅しろくして沼閑(しづ)か
やましぐれ 歩みしとどに山毛欅の径(みち)
山暝(くら)し 吹雪はしろし山毛欅おちば
落ち葉してしとど濡れたり山毛欅の径
やはらかき落ち葉を踏めば山毛欅の径
笹鳴や狭庭(さには)うるほす苔のあを
白 秋
萩しろし風しろくしておほき寺 [大暑]
吹き抜ける風のしろさを萩が染め
境内をしろく吹き抜く萩のかぜ
ひと植ゑし萩波羅蜜多るしろきかぜ
佇みて萩の風韻聴かばやな
露のしろ 風の白さと競ひあひ [白露]
何となく尾を立つ猫や今日の秋
たかはらの風に跡曳き今朝の秋
風知草(かぜくさ)をかぜ靡かせて白露過ぐ
木曽路の宿「りんどう」の女将を愛しんで 野にあれば竜胆凛々し木曽をみな [霜降]
ふらふらと光に舞ひて凍ての蝶 [小雪]
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