春 秋 游 吟 07
S・Ι様、アルト・コンサート伺えず二句 櫻蘂(さくらしべ)アルトの御声含みしを [清 明]
櫻蘂散りしかたちはアルトの譜
S・H様千代田フィル第五三回定演 またや聴かむ紀尾井の春の楽の韻(おと)
T・Κ様、Ν・Τ様に晩柑賜りて二句 晩柑(ばんかん)の筺(はこ)を開ければはる彩香
南国の陽を遍(あまね)くし柑かをる
T・T様に歌集「葱嶺秋天」賜り三首 青春のきみをし想ふ南葛の 柳燦々と夏陽降りたり 《南葛飾高は女史の初任校。音楽担当
嗚呼きみうたへサンサーンスの“君がみ声” わがあつき胸ひらきしものを 《「君がみ声にわが心開く」 アルトの名曲。》
「をり」「をる」とふ「オリ」を詠はぬ きみが歌を読み了へほろと清(すが)しかぜ吹く
櫻蘂四句 櫻蘂搖蕩(たゆた)ふさまにうつそみて 《うつそみ=現身、己の生き様、古語。写し見るをかけた》 櫻蘂流れながれていづくにや
櫻蘂流る大河を想はせて
櫻蘂あめの流れを描きたり
◇ ◇ ◇
西風(にし)冷たし櫻襲(さくらがさね)のむなもとに 《さくらがさね櫻襲=色目名。表は白、裏は赤系の重ね着‥とは古 代。今様ギャルは赤系ビスチュエに白の重ね着。》
篁(たかむら)に曳く絲のごとかぜ薫る
かそけくも蠢(うごめ)くものや竹の秋
さゝかさとなにの韻(おと)なる竹の秋
ひとすじのかぜの在処(ありか)を手繰りえず
櫟はな咲き三句 風韻(ふういん)に櫟(くぬぎ)はなちるわが肩へ
木洩れ陽やくぬぎまだらの甃(いし)のうへ 《いし甃=敷きがわら、敷石。》
かぜ吹かば櫟吹雪と洒落ぬべし
小学校クラス会通知 をさな日を運びてかをるかぜ遙か
麦秋や一微のかぜに追従す [立夏]
Y・Μ様に美酒賜りて 美酒[うまざけ]のこよひの夢は はなとなり
佇めば蠢く情にかぜかをり
をみな三句 ついりはな をみなの肩のなほしろし 《 ついりはな 梅雨入(つい)り花。 「たねつけばな」のことで、梅雨の頃に純白の集散花序を付ける。》
ついりはな をみなの肩のしろ皎きかぜ 《をみなごの肩・胸の白さに似て…。》
さみたれの開け魁(さきがけ)てしろき肩 ◇ ◇ ◇
蝶の舞ふ夏庭(なつば)幻惑の韻に充つ 《蝶の舞ふ風姿は変ホ長調の曲に似て…。》
Τ・G様に大田原のトマト賜りて 那須やまの熟れし蕃茄にかぜさやか 《蕃茄はトマトの和名》
S・Κ様父君逝きて 亡きひとやあぢさゐいろの忍びかぜ [芒 種]
S・W様に「短歌現代」賜りてかへし 純子とふ歌人の知己ありついりはな
枇杷実り六句 枇杷にほふ幼き日々の想い果て [入 梅]
雨脚の去りて暗澹枇杷の闇 落ち枇杷のひときは明かし寺の甃(いし) 《甃(いし)=敷きがわら、敷石。》
落ち枇杷の饐(す)えしにほひにひと想へ
落ち枇杷の匂ひて滾(たぎ)る熱きむね
落ち枇杷のす 饐(す)えしにほひぞ如何にせむ
◇ ◇ ◇
炎暑降りをみなのなべて生あまた 《をみな=若い女、ギャル。おみな=老女、媼。後世には「をんな」「おんな」として女性一般をさすようになりましたが…。》
炎暑来たる猫に嫺(なら)ひて身を委せ
朱夏さなかをみなの肢體おそるべし
S・S様に麦酒賜りかへし わが生の苦きを含み夏麦酒 [半夏生]
生麦酒 我が生の苦味より稍あはし
M・T様に芥子明太子賜りて はららごのうすべに彩(いろ)や朱夏にほふ 《はららご= 鮞(はららご)。魚類の産卵前の卵塊。》
A会献礼 万緑の「藹(あい)」彷彿と藝しげり [小 暑]
C子様・青春瞑想一句六首 五十年(いそとせ)もきのふの如しひごのうみ 《ひごのうみ=肥後の海、九州肥後田浦で遊びし青春。》
葉山なるひとのみ聲にわが情(こころ) 所在離(か)れたる魂(たま)かとぞおもふ
遙かなるひとを想ひて五十年(いそとせ)は 夢まぼろしに曳(ひ)く絲のごと
人の世は様々にありき五十年(いそとせ)の 織りなす綾を繋ぐ夏かぜ
夏かぜよ繋ぎまほしと五十年(いそとせ)に 織りなす綾の絲といととを
なつかぜの吹きつる方をながむれば 海市に泛(うか)ぶかのひとの貌(かを) 《海市=蜃気楼。古代支那において、海中の大蛤が天上に吹き出す息に写映される風景と言われました。》
あをき炎(ほむら)の燃ゆるが如し閑(しづ)かなる 想ひは青春(はる)の陽にあらざりき ♡ ♡ ♡
濃(こま)やかな森の端(はな)より梅雨明ける
つ明け雲未だ炎天齎(もたら)さず
朱夏閑昼五句 夏草の萎(な)へて烈日(れつじつ)容赦なし[大 暑]
朱暑さなかヒールの跫(おと)の閑(しつ)かなる 《跫=あしおと、跫音。》
炎暑猛(たけ)る草木悉皆(そうもくしっかい)かぜ孕み 《悉皆=悉く、ことごとく。》
吹き抜けし南風(まぜ)に草木靡くのみ
耳元に韻(おと)を残して南風(まぜ)の昼
美帆に寄せる 朱夏さなか美帆の齎(もたら)すかぜさやか
ビール二句 生麦酒苦き生き様よりあはし
わが生の苦きに似たり生麦酒
Κ・Κ様へ、かへし 白南風(しらはえ)に小杉が梢染まるほど
S女とふ旧知に寄す 曽女(そふにょ)との邂逅いかに朱夏のかぜ
高原夏六句 地平線の韻のみありて夏真昼 [大 暑]
高原(たかはら)に風を聴くのみ烈夏降る
高原の閑(しつ)かに照りて蝉しぐる
没り陽うけひときは高し雲の峯
かざおとを衣擦れと聴く夏真昼
ややあればたかはらのかぜ秋兆す [立 秋]
Κ・Ν様に美酒「司牡丹」賜りて二句 白南風(しらはえ)のかをり孕みて夏牡丹
馥郁たる醸すかをりに蝉しぐれ
蝉しぐれ女體は風を波羅蜜多る
《主として手紙の挨拶句の集成です。二〇一〇年清明より立秋迄。》
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