武蔵野・野川公園スケッチ会
森明かし木の芽張るはる春愁ひ
《「風景写生」でなく「風景表現」の指導。》
上作品は武蔵野の国分寺崖線「はけ」の野川公園・大楠。
嗚呼きみよ ふち撒け給へ木の芽緑(このめあを)
《古来、緑は「あを」と称した。》
信濃追分早春
あららぎの懐(ふところ)に見しじしゃの春
《あららぎ=いちい櫟の別称。じしゃ=春に魁て黄色の小花を付ける灌木。檀香梅の地方名。》
信濃追分遅春・山笑三句
目交(まなかひ)は なべて明るし山笑ふ [小 満]
《小満は二十四節気の一つ。草木力満ち成長す。》
眼瞑(つむ)れば 虚空(そら)皓緑に山笑ふ
目閉じればなを彩清(いろさや)に山笑ふ
《俗にイメージとは目を閉じてもなおかつ見えている世界。》
信濃追分・小梨花三句
ずみの花 春と夏とを追分る
《ずみ=小梨の別名、薄桃帯びた白花を一杯に付ける喬木、上高地に小梨平がある。》
ずみ爛漫全天皎(しろ)し山光る
一陣の風呼び止めて小梨舞ふ
走り梅雨名残のはなを消しがてに
《愚聴風、最近とみに教条的脚註増えたやに・・》
いつになくついりの花もさきやらず
多摩河原かぜと雲雀の芒種入り [芒 種]
落ち梅の艶(なまめ)きさまや寺の甃(いし)
《甃(いし)…敷き瓦、石畳、敷石。》
夏至たると心理学者も暑気あたり [夏 至]
《夏至たると…ゲシタルト心理学。精神内の各要素の総和としての診断でなく「形態(ゲシタルト)」として診断する。》
海霧(じり)の仁右衛門島スケッチ行
━海霧(じり)の句をはつか留めて夢の中━「海霧十三句」
疾風は「海霧(じり)」といふなり
仁右衛門島(しま)ま皓(しろ) [小 暑]
海霧(じり)寄せて仁右衛門島の皎(しろ)き影
《皓、皎は輝く白の意。》
吹き付けて韻(おと)惹きつけて海霧(じり)のしろ
仁右衛門島に岩礁(いわ)靡かせて海霧(じり)迫る
吹き寄せる海霧に女将(にょしやう)の若きさま
《我が国画壇の先駆者数々旅籠「江沢館」訪れ、作品数多あり。女将叙勲。》
押し寄せる海霧(じり)に歴史の坑道(あな)の跡
《源 頼朝の隠れ処伝説》
海霧(じり)激し禽(とり)の飛跡が黝(くろ)一線
岩礁(いわ)も船も覆い尽くせと海霧奔(じりはし)る
日輪の在処はつかに海霧(じり)よせる
裏山の漁夫の家々海霧(じり)の間々
吹き付ける海霧やむかしの絵師の跡
しらとりは哀しからずや海霧の昼
《しらとりは哀しからずや海のあを空のあをに染まずただよふ=若山牧水》
全日画連会員へ
縦と横とをやゝ傾けよ海霧の村
《傾けよ=傾斜描法、芸術に於いては物事の整合性を外せ…の意。》
◇ ◇ ◇
むぎわらや「春の目覚め」のにほひ起(た)ち
《世紀末の戯曲ヴェデキント「春の目覚め」思春期の悲恋。》
M・M様に麦酒賜り二句
いのち未だはるかな恋のほろ苦さ
炎天のひかりとほして琥珀水
M・T様に佳品賜り二句
安房つくにの ひとに賜り夏の風
《Τ様は安房つくににお住まいである。》
嘗てみし安房の夏海(なつみ)にひと重ね
白子川二句
木洩れ日を浴びて鶺鴒の白子川
《白子川=練馬区大泉地区を濫觴(らんしょう)にして荒川にそそぐ、苔色をした流れで、割に速い流れである。濫觴とは川の水源程の意。濫は溢れる、觴は角製の盃。》
白子川流るみどりが南風(まぜ)を呼ぶ
・ ・ ・
つあけ旱天 葉陰いつくや胡蝶舞ふ
つあけかぜ葉擦れの韻(おと)のなつかしき
炎天や閑寂(しじま)一刻影一点
白南風(しらはえ)や影むらさきにして径を舐め
葉の韻か白南風(しらはえ)の音(ね)か風亘(わた)る
街道の風巻き立てゝ合歓(ねむ)騒ぐ
《ねむ合歓=筆の穂先を思わせる緋赤色の真夏の花。》
炎熱の静寂(しじま)ヒールの響きのみ [初 伏]
《初伏=夏至後、三番目の庚(かのえ)の日。三伏の一。》
夏をみな四句
ヒールの音 来去るをみなを瞑(おも)ふ刻
恐るべきをみなの腿(もも)に夏来たる
《恐るべき君らの乳房夏きたる=俳人西東三鬼氏の本句取り。》
青嵐(あをあらし)彼女の肩のいやしろし
白南風(しらはえ)や肩見せ背美せ腿魅せて
◇ ◇ ◇
垂直の夏陽をよぎる風の筋
積雲の泛(うか)びてはるか南風(はえ)渡る
佇(たたず)めば高原(たかはら)の積雲(くも)我が胸に
目瞑(つむ)れば熄(き)えては泛(う)かぶ積雲(くも)と迸水(みづ)
《雲と水は「行雲流水」で「雲水」、つまり禅僧のイメージ。》
有り体(てい)の瑣事に惑へる夏の蟲 [大 暑]
をみなの背去年(こぞ)の水着のかた想ひ
《片想ひ・水着の形思ひ》
戻り梅雨 はるかに想ふ朱夏のかぜ
唐花草(からはなさう)の蔓が招けばかぜが起ち
《 唐花草はビールに使うホップの原種。》
旱天三句
大旱(おほひでり)愛の渇きと競ひ合ひ
大旱(おほひでり)不毛の愛も灼くがごと
旱天や虚しき愛のをりあはず
◇ ◇ ◇
大暑三句
汝(な)の肩の肉に魅せられ大暑来る
二の腕の弛みが招く大暑哉
大暑来たる腰の太さに背のまろさ
在りし日の建築をモチーフとするA・Y氏の画集賜る
立秋や建築群の過ぎし夢 [立秋]
朝霧二句
朝霧をぬけて鵤(いかる)の位置確か
《鵤(いかる)=一際通る美声で囀る。高原の霧の朝。》
その日降る陽の糧はかる朝の霧
◇ ◇ ◇
野鶲(のびたき)の声すきとほり霽(は)れ浅間
萱草二首
萱草(わすれぐさ)忘れむことのあるじなる
その日その日の朱(あけ)を繋ぎて
《あるじ=有るじにあるじ主をかけた》
萱草(わすれぐさ)何故に忘れむことあらむ
われ忘れめと言はむこころの
《萱草は野萱草(のくぁんぞう)のこと、一日花を日毎に咲き続け、花が終わると秋風が起つのだった。》
◇ ◇ ◇
高原(たかはら)にニーチェの雷雨吾を擲(う)つ
《ニーチェは雷をことのほか愛した。ニヒリズムを超へて「超人」を目指した一九世紀末の哲人。》
茜雲こずえを揺する晩夏の音(ね)
西風や梢に兆(きざ)す秋のかげ [処 暑]
鬱々たり霧と雨にて炎夏熄(や)み
晴れと褻(け)を分ける高地の処暑の雨
《晴れと褻(け)=非日常と日常の意。》
秋風や火山灰(よな)にまみへり樹下思惟(じゅかしゆい)
石仏の火山灰(よな)を洗ひてあきのあめ
《追分村泉洞寺傍らの石造弥勒(みろく)仏、半跏思惟の相にて五十六億七千万年未来を想ふのであった。》
石弥勒(みろく)肌につめたき秋のあめ
妻と佇つ過ぎし夏日の樹下思惟(じゅかしゆい)
信濃追分・泉洞寺「樹下石仏」に佇(たたず)みて四首
四七年(よなとせ)の妻と吾とを護(も)りぬきて
なを樹下に坐(いま)す思惟(しゆい)のほとけ
《私達夫婦が結ばれた年の夏の日に、共に佇んだ石造弥勒菩薩。私共の金婚も近い。》
結ばれて共に訪ひたる弥勒佛(みろくぶつ)
妻若き日の想ひはてなむ
もろともに樹下石佛に佇(たたず)めば
若き日のひと思惟(しゆい)すわれは
過ぎし日に妻と訪ひたる弥勒佛
いまのわれらをみそなはされる
◇ ◇ ◇
秋霖のはやくも来たる高原(たかはら)は
未だ芒(すすき)の穂も出(いで)ざりき
《葉月下旬、続く雨天に薄の穂も出ず、吾亦紅のたけがやけに高い。》
夏寒(なつさむ)に暖をとりにし足もとの
蟋蟀(こほろぎ)哀しおのれの行方
ながめせし間に萱草(くゎんぞう)の朱(あけ)萎(な)へて
最後の花のすがたやあはれ
《「ながめ」とは「眺め」と「長雨」をかけた。》
鬱半月ながめ続けて葉月盡
枯れ萱草(くゎんぞう)握れば夏の温(ぬく)みあり
《かくして長雨の内に八月は終わりそうである。》
二〇一一年小満より処暑までを纏めたものです。