春 秋 游 吟 12
二〇一一年大雪より
〈大雪〉
松ヶ枝の日輪あはし「冬の旅」 《シューベルト「冬の旅」を彷彿》
咽ぶやう錦かすみて氷雨(ひさめ)まふ
氷雨溟(くら)し なかや雪の雫(しづく)の咲き初むる 《雪の雫はスノードロップ》
老ひ兆す足の爪あり冬いたる 《中村草田男に「万緑のなかや吾子(あこ)の歯生へ初むる」がある》
〈冬至〉
日脚伸ぶ芽張りは未だ冬至る 《草老師は色彩対比、愚は明暗対比。冬至の二日前より、何故か日脚が延びる》
たつ瀬疾(はや)しゆめもうつつも去年今年(こぞことし) 《平成二四龍歳旦「たつ」は「経つ」「龍」両義》
大寒や四谷の坂に煙雨舞ふ
〈大寒〉
ひりひりと氷雨おぼろの聖橋 《聖橋=お茶の水・神田川に懸かるアーチ形橋》
とろとろと榾火(ほたび)想はす冬没(い)り日 《榾火=囲炉裏の薪》
櫟(いちゐ)の実あかしあましや奮(ふる)きむら 《櫟=「いちい」、一位とも書き、また蘭(あららぎ)の別名》
寒空に霞む梢のはる兆し
〈立春〉
臘梅の雫きらめき暮れ泥(なづ)む
涅槃会四句
涅槃図(ねはんず)や月皎々(かうかう)と音もなし 《涅槃=釈迦入滅、禅寺では涅槃図をかかげ如月一五日に法会をなす》
涅槃図や六道なべて月のもと 《六道=地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道。ろくどう、りくどう》
涅槃絵や聖衆鬼神(しやうじゅきじん)のなみだあめ 《衆生=心を持つ全ての存在》
衆生(しゅじゃう)なべて月下にありや涅槃西風(ねはんにし)
◇ ◇ ◇
〈雨水〉
手鏡の妻の肌へにはる兆す
獺(うそ)の祭り 目刺しの並ぶ膳の上 《獺(かわうそ)の祭り=二十四節気雨水の第一候に「獺(かわうそ)魚を祭る」とある。川岸に魚を並べて祭ると言う。「獺(だっ)祭(さい)」という銘酒もある》
梢はるかむらさきだちて二月盡
雨ごとにめぐむ樹木の彩(いろ)や濃し
老ひ来たる肌(はだへ)をひたす温泉(ゆ)の刻は わが生きさまの哀しきを想ふ
七十路(ななそぢ)の縮緬肌(ちりめんはだへ)浸すとき鶲(ひたき)啼きたり 温泉(ゆ)に臨むごと
七十路の哀しみ流せはるの水
かをり未だ園生(そのふ)を蔽ふはるの雪
雪解水(ゆきげみづ) 野のもも草に緑(あを)を注ぎ 《古来、青・藍・緑は「あを」と言った》
〈啓蟄〉
紅き椿二首
汝(な)が文(ふみ)に紅き椿を想ふとき夜の静寂(しじま)に 曳くかぜの筋
かへし
虚の風よ運びまほしと汝がもとへ 紅きつばきの夢の浮き橋
二〇一二汎美展・乃木坂国立新美術館 三句
春ふたたび朧かすめる乃木の坂
春雨にけぶる今宵も乃木の坂
春雨の溜まりに灯(とも)す六本木
◇ ◇ ◇
〈春分〉
沈丁花(ぢんちゃう)の闇をさきわけ季を告ぐ
怱々と南風(まぜ)の音あり胡蝶舞ふ
風音に天空充ちて胡蝶舞ふ
何処よりはなひら訪ひし風の昼
鳥さかる声消しがてに風わたる
〈清明〉
岩櫃・草津・信濃追分、孫達と巡る三句
残雪の溶けいつる韻(おと)に春の彩(いろ)
雪解けの泥濘に聴くはるの音
雪解けの山に身入れてはる一入(ひとしほ)
枝垂れ咲くさくらさらさら小夜更ける
絲櫻 をみなの眉のうるはしき
あはれはなひらひらひらながれ風の果て
はなひらの羞ぢらひ入りぬ美女の胸
神田川さくら吹雪六句
神田川 川面を蔽ふはなと雲
神田川たゆたひ奔(はし)るはなの筋
幾筋のはなひら奔り川のおも
はなひらを泛(うか)べて疾(はや)し川の条(すじ)
幾筋かはなの流れを追いにけり
曳きひきて川面のはなや絲ひきて
◇ ◇ ◇
灌仏会(かんぶつゑ)二句
はなふぶき灌仏桶の二、三片 《灌仏会=花祭り、釈尊の誕生日。釈迦小像のお頭より甘露の雨に見立てた甘茶を濯ぐ》
はなふぶき項(うなじ)に舞ひて佛灌(そそ)ぐ
◇ ◇ ◇
かぜひえびえ南部薺の黄もいまだ 《南部薺=南部犬薺のことで、芽張り始めた芝草に濃黄色を点在させる筈だが》
〈穀雨〉
菩提樹の蒔きし種子より芽もいまだ 今宵の春の愁ひや如何
佐保姫の訪れ遅々とわがこころ 生の在処(ありか)のあやしき今宵 《佐保姫=春をつかさどる神。佐保神。奈良北方の佐保山に坐(いま)す神が語源》
甘き蕃茄賜りし那須野のG様へ
賜りし蕃茄(ばんか)あまきに那須の彩(いろ) 《蕃茄=トマト》
今日もまた歓と愁との晩春(はる)の夢
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