春 秋 游 吟 15
二〇一二年七月・小暑より白露まで
[大暑] 梅の実に土用のかぜの纏はりて
妻濡れし青き蕃茄の俄雨(にわかあめ) 《蕃茄=トマト》
あを林檎青春はるか彼方なり
わが青春悔恨多し青林檎
つづく褥暑野の草なべて萎へがてに
[立秋] 暑き季(とき)はあつきがよしと言ひし僧 《「暑きときはあつきがよきにて候」良寛》
夏かぜや春夫の詞華集(しかしゅう)古書にほふ 《佐藤春夫の撰歌輯に寄せて》
夏かぜの高原にて海おもふ二首 たかはらに幽(かそ)けき想ひ貝殻を 独り耳にあつ潮騒を聴く 《「わたしの耳は貝のから 海のひびきをなつかしむ」…ジャン・コクトオ》
接吻(くちづけ)の何処(いずく)たりしか海おもふ 高原(たかはら)の山たかはらのかぜ 《「ああ接吻海そのままに陽はゆかず 鳥翔(ま)ひながら失せ果てよ今」…若山牧水》
◇ ◇ ◇
東かぜ烈日に遠音(とほね)はこびけり
かざ韻(おと)の幽けきさまや樹々にほふ
夏かぜにさはぐ情(こころ)やいま何処
あきあかね四句 高原のかぜの齎(もた)らすあきあかね 《あきあかね=あかとんぼ》
旱天や秋津の茜ふかまりぬ 《秋津=蜻蛉(とんぼ)の古名。 茜=あかね、植物あかねの根から製した深い赤》
吾が心情(こころ)秋津茜に凝視(み)つめたり
吾が裡(ぬち)の秋津の茜さらさらに
◇ ◇ ◇
灸花(やいとばな)二句 かぜ落ちて灸(やいと)はな咲き夕まぐれ 《灸花=灸はお灸(きゅう)のこと。小花を逆さに立て、灸に見立てた。白い鐘状の小さな花である。別名「へくそかづら」》
夕去れば白きものあり やいとはな
◇ ◇ ◇
雲の峰ひと日の懺悔赤輝(しゃっき)たり 《立秋後とはいえ残暑厳しき故、天体などに夏の季語あるも「季語御免」にて候こと》
湧雲の一点あかし夕浅間
八月十五日二句 織女(ベガ)天頂大戦とほくなりにけり
白鳥の騎士も織女も涙河 《ローエングリンも織女も流す涙の天の川を白鳥座が…》
雄大積雲・雷雨 心情を心象たれと雷光(いかづち)の 残像のごと描きし吾は
あめつちに充つ稲妻の残像に われが心情(こころ)を託しまほしや
いかづちのすさぶる様や虚空充つ
吾が心情(こころ)稲妻のごと奔(はし)りたし
稲妻をとどめまほしと描(か)きし吾(あ)は
空四更二句 満天星(どうだん)のはなになぞらふ空四更(しかう) 《四更(しこう)=午前一時から三時満天星は春の季語ではあるが「季語御季免」故…》
三つ星や四更の黝空(そら)を統(す)べりたり 《統(す)べる=別の「七つ星・昴(すばる)」に因む。スバルはラテン語でも外国語でもなく、我が国の「統(すば)る=統率する」の意。三つ星はオリオン座》
◇ ◇ ◇
積雲一句・三首 蝉止めば眞晝(ひる)深閑と積雲(くも)の列
木の葉燃す煙(けむ)は渦巻きその向(さき)の 積雲につづくすずかぜの径
焚き火なすけぶりよぎりて黝一線 鳥の飛跡や果ての積雲
うき雲とふ積雲しばし刻(とき)経たば 何処(いづく)より来(く)かすずかぜの条
◇ ◇ ◇
泛(う)く積雲(くも)へ灰むらさきの林道(みち)一条 《灰むらさき=高原一面の緑の中で林道はその対照色の紫に感じる》
雷二句三首・季語御免 雷激烈ニーチェと共に坐(いま)す吾 《F・ニーチェはことのほか雷を好んだという》
「雷(いかづち)の 丘」とふ峰に夢集(すだ)く 《雷の丘=高峰高原・池の平を囲む山稜の一、標高二千米強。または大和の「雷の丘」と捉えても何等差し支えない》
いつしかに囲み込みたる雄大積雲 急(せ)かれし吾は晩年のごと
烈日が翳(かげ)りて響く遠近(をちこち)の 鬼神の聲に戦(おのの)くわれは
わが懺悔聴かれたしかや雷神は 轟きもちて閃光に撃つ 《私の裡の悪しき想いを雷神が責めるのだ―クワバラ》
◇ ◇ ◇
積雲の泛(う)きたる彼方わが想ひ 再たいつの日か会はんとぞ想ふ
碧玉(たま)のごと澄み深みたる高原(たかはら)の 霄(そら)行く積雲(くも)のま皓(しろ)なる形象(かげ)
異常気象二句 吾亦紅“西洋人より背が高い” 《向日葵は西洋人より背が高い…堀辰雄のパロディ吾亦紅がこんなに伸びた姿は見たことがない》
狭庭辺(さにわへ)の穂芒遅し白露来る
[白露] 茜何処や独りかも寝む四首二句 あかねさすきみをし想ふ秋のよは 追分宿に蟋蟀ぞ鳴く 《茜=小生の小文に登場する想像上の中年女性。黒ドレスがことのほか似合い、その白き二の腕の弛みがまた実に魅力なのである 》
高原に夜半の蟋蟀寂しくて まぶたに浮かぶ茜や何処
夜は更けて秋虫の音に吾(あ)は寂し 茜抱きたしその白き肌
茜いずこ秋虫集(すだ)く夜は深み 乳首傍(かた)への黒子(ほくろ)なつかし
あかねさす茜や何処秋の夜半
空耳か「チチロ乳露」と秋の虫
◇ ◇ ◇
秋旱(あきひでり)夏の名残を愛(を)しみけり
驟雨過ぎ光る秋陽に虹の水滴(たま)
秋日和 川面の風の停(とど)まらず
風草の靡く形姿(すがた)や刻(とき)ふかみ 《風草=三十センチ前後のイネ科多年草、風知草・道芝とも…。その名前が夢を誘う》
風草は多摩の川風止(とど)めえず
川風や秋色をもて野を舐める
かぜの粒 花野をさらところげさり
以上「小暑より白露」まで
|