春 秋 游 吟 16
二〇一二年秋分より二〇一三年大寒迄
[秋分]
西風を食(は)み動かざるあきあかねあき
あきあかね多摩の横山より高し 《多摩の横山=多摩川の南岸に沿って続く山稜。在万葉集》
神田川はや黄紅葉の衣(きぬ)ながし
風一陣けなげに揺るる花野原 《花野=春でなく秋の季語。秋の花々か草紅葉か》
[寒露]
未だ残暑「寒露」の露も意に添はず
艮(うしとら)のかぜ忌(いまは)しき秋のあめ 《艮=丑寅と同、北東方向。鬼門とされる》
不忍池(しのばず)の水面(みなも)は揺れて秋の蝶
終(つひ)の蝶二句 多摩川の水面を舞ひて終(つひ)の蝶
多摩川を渡るやあはれ終(つひ)の蝶
◇ ◇ ◇
落ち蟷螂(たうらう)なほもとめたし秋緋光(あかり) 《緋光=これを「あかり」とは稍苦しいが、陽光の意。 落ち蟷螂(とうろう)とは「かまきり」で小生の意》
[霜降]
はな花魁 夏の名残の絲いまだ 《はな花魁=おいらんそう、正式には草夾竹桃》
啼鳥あまた 烏瓜緋なり吾が眼撻(う)つ
枯れ蔦に吾がみち写し夕陽熄(や)む
枯れ蔓揺れし曳けば韻あり風渡る
枯れ蔓は生き様の果て西風(にし)一陣
枯れ蔓や三重二重巻き積雲(くも)のかげ
泊夫藍(サフラン)の字や懐かしき幼な日々
夕陽かげ洋笛(ふえ)煌めきて西風(にし)の聲
凍て蝶(いててふ)や多摩川(たま)を渡らむ果ての旅
凍て蝶の果てなむみちをおもひけり
[立冬]
蔓かづら墓石(いし)巻き詰めて冬立ちぬ 《式子内親王の墓に絡みつく定家かづらを瞑う立冬であった》
冬もやしアナニアシヴィリの皓(しろ)き四肢 《アナニアシヴィリ=バレエリーナ、可憐なマスクもて優美に踊る四肢の残像。皓はかがよう白の意》
飯山温泉・北竜湖スケッチ合宿
北竜湖の水秘めやかに冬はじめ
北竜湖の水面(みなも)にしきに竜の衣(きぬ)
全山にしき 竜の栖(すみか)や湖(うみ)しつか
水面(みなも)しつか 錦に竜の悲話瞑(おも)ふ 《龍神になにがしかの哀しき物語ありやなしやと…》
岩櫃山スケッチ合宿(コニファ・岩櫃) 燃へる赫(あか)もて画面を擲(う)てと山紅葉
眼瞑(つむ)れば降る葉や凄しかぜ奔(はし)る
蔦葛の搦みを飾るやまにしき
吾が生き様蔦蔓に似てやま錦
舞ふ木の葉 風花交ぜて我がかたへ 《風花=晴天時、北西風に乗って飛来する細雪や細雨》
風花や山かげあをし玻璃礫(はりつぶて)
煌めきて玻璃の粉降る渓紅葉 《玻璃はガラスの意》
風花ややま眠る日の幾ばくぞ
舞う木の葉 終蝶(つひてふ)ありやとわが眼(まなこ)
想ひきや散る葉ひとひらか終(つひ)の蝶
凩(こがらし)や終蝶の舞ひいまはなし
かつて視し終蝶(つひてふ)あはれ山ねぶる
街のをみなご、無季語句四句 丸の内なべてのをみな急ぎ足 《オフィス街のΟLは忙しく、》
お茶の水 校門婀娜(あだ)にをみな散る 《学生街のをみなは期待と華やぎに校門を散ってゆく。婀娜=艶めかしくも美しい》
新宿に何求めむかをみなたち
朝和泉 をみなの刻むヒールの音 《和泉町は小生居住。小刻みのハイヒールの音は愚の胸を擽るのである》
Y・T様に酒肴賜り 賜りし酒肴秘めたり冬の彩
K・Y様コッツウェッズ風景画展に タブロオのあを浅き地や果ての夏 《タブロー=画面。仏語。高緯度地方の緑は浅い、東京の緯度はアフリカ・アルジェリアと同だ》
M・M先生に麦酒賜りて 琥珀水いのちの果ての冬燭(ふゆともし) 《久保田万太郎句に「湯豆腐やいのちの果ての薄明かり」という名句あり》
枯れ蔦や紆余曲折の幾ばくぞ
茜のインタヴュー冒頭句 過ぎし日の韻律(おと)のさまよひ空あかね(・・・)
フルート(洋笛)三句 遠梢に洋笛(ふえ)の韻(おと)あり冬熄(い)り陽
冬木立洋笛(ふえ)の旋律(ね)かすむ風はつか 《はつか=わづか、かすか。「はつか」は平安朝の表記だが藤村も使用》
梢むらさき なほむらさきに洋笛(ふえ)の彩(あや)
歳星(さいせい)も昴(すばる)も凍(い)つつ歳旦(としはじめ) 《歳星=木星。昴はプレアデス星団で、七つ星と言われるが実は一二〇個の恒星団。四〇八光年》
[小寒]
ひとの父上訃報に寄せて 亡き人や昴(すばる)も凍つつ歳はじめ
寒中や一陽来復咫尺(しせき)の間 《咫尺の間=空間や時間の近いさま》
高積雲まだらもやうの寒梢
寒一陽(ひとひ) はやはるの芽の色づきぬ 《はる=張るは春の語源と言う。両者の意》
[大寒]
大寒や風凍み冱へど陽のぬくし
一隅に張る芽蠢(うごめ)き春隣
南岸低気圧、齎大雪 雪風巻(ゆきしまき)あづま京(みやこ)に打つ技(て)なし 《東京の大雪は南岸低気圧による。気圧の等圧線が坊主頭型なので「台湾坊主」という。台湾辺りで発生する温帯低気圧で、熱帯性低気圧の台風とは違って必ず不連続線(前線)所有》
雪涔々(しんしん)なべての音も閉じ込めぬ 《涔々=雪や雨など盛んに降り積むさま》
佇めば何故に音吸ふ雪の皎(しろ)
いつになく風冴えさへと晩冬の
陽にも身を閉ず葉上の雪
来復の一陽諾(うべな)ふ屋根雪崩
雪解(ゆきげ)せし韻(おと)に秘めたるはるの影
与謝蕪村忌日(天明三年師走) 見よ春星 雪ふかくして宙(そら)こほる 《春星=蕪村の別号、春近い星の輝きと蕪村の両者》
遠近(をちこち)に骸(むくろ)の雪や睦月盡(むつきじん)
寒昴(かんすばる) 覆栽(ふうさい)ままに微動せず 《覆栽=天地》
哀しみの疾(と)く去りまほし涅槃西風(ねはんにし)
七十路(ななそじ)の縮緬肌(ちりめんはだへ)ひたすとき 《鶲=雀科の野鳥。火打ち石のような声で鳴く》
鶲(ひたき)啼きたりいず湯の郷辺(さとべ)
残雪や骸(むくろ)と化して春隣(はるとなり)
N・A様に宮城の銘酒「浦霞」賜りて 酔(ゑ)ひ立たば浦の松風霞みたり 《塩竃の浦(◎)の松風霞(◎)むなり八十島かけて春や立つらむ…とラベルにあり(源 実朝・「金槐集」)》
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