愚聴風 憂多寄瀬 5
諦巖桂察大禅師頂相(ちんざう) 一首四句 D寺開山頂相の小補修に携わり
おほぜんじ頻婆果の唇(くち)朱(あけ)にしてまなこ何處を見そなはしたる
《「おほぜんじ」とはD寺の開山である。武田信玄の末弟(ばってい)と伝えられる諦巖桂察大禅師。家康をパトロンにして千鳥ヶ淵にDa寺を開き、後の芝・伊皿子移転時にD寺と寺号を改めた。塔頭(たっちゅう)に門能院、福寿院の二ケ寺を有した。明治期になって現地S区へ移転。 頂相(ちんぞう)の多くは水晶の玉眼である。従ってその輝きは極めて神秘的で世のよしなしごとに至るまで一望されているかに想われるのである。》
秋しろし頂相(ちんざう)玄(くろ)しおほき寺
《頂相(ちんぞう)とは禅師の肖像彫刻のことである。禅宗において頂相は何故かそのお顔まで黒色、つまり墨染めである。大圓寺本堂須彌壇の裏に祭られ、位置にすれば丁度伽藍の北方にあたる。北の色は「玄」であり、玄は黒であるから「玄し」と合致、白秋と対比させた。昔、支那では方位に色を付けていたが高松塚古墳でも知られているだろう。東は青、南は朱、西は白、そして北はくろ玄である。一方、これを季節に当て嵌めて、「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」とした。北原白秋はこれに因んだ命名であった。》
頂相の朱の唇さやか秋暮れる
《頂相は衣もお肌も墨染めであるがお眼とお口のみはリアルに着彩されている。その鮮やかな唇の朱色に夕陽の茜色が映えたのであった。時恰もおおでらの中庭は茜色に染まっていた。》
頻婆果(びんばくゎ)の唇(くち)あさやかに萩の風
《頻婆果(びんばか)はインドの樹木で林檎に似た赤い果実を結ぶという。その頻婆果の赤に、既に鬼籍に入られた義姉・Y子の赤い唇を瞑(おも)ったのである。境内には今を盛りと萩が咲き、しきりに秋風を孕んでいる。その萩は義姉が手植えたものであった。毎年咲きこぼれる萩の花を見ると懐かしさがこみ上げてくるのである。享年六八歳であったが、小生は既にその歳を上回ってしまった。》戒名「徳琳慈香禅尼」 合掌。
けしすみの色のさ衣 月天心
《「けしすみ」とは何て魅力的なイメージ、佳き音であろうか。この際「す」は是非清音であらねばならない。さ行の音が冴えるからだ。さて、お気づきだろうか、「沓冠(くつかぶり)」とまでは行かないがD寺開山・桂察禅師の「け・い・さ・つ」を冠にして詠みこんでみた。 「けしすみの いろの さごろも つきてんしん」 全身墨色にして閑かに座するお姿は、天心から降りかかる月影に最も相応しいだろう。》 (二〇〇六年九月)
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