春 秋 游 吟 22
2014年立春より穀雨まで 立春
霜柱たほるるままに春立ちぬ
逢ひたくて佐保姫いまだ夜半の雪 〈佐保姫=春を司る女神。佐保神とも。〉
雪女郎如何なをみなか夢に抱く
余寒激し 猫の腹毛のあたたかさ
「スノードロップ」
麗しき二月の乙女よ その真白なる肌へを 霜風に けふもさらして あなたは更に真白に 震えてゐる 〈二月乙女=世紀末の詩人A・テニソン、スノードロップを「麗しき二月の乙女」と歌った。〉
ソネット 「ゼフィロスの風に」
師走から雪を待って咲いていたの だからわたしは 「待つ雪草」 日差しが春を呼び 解けた雪は雫に だからわたしは 「スノードロップ」 この間の大雪にうちひしがれたわたし わたしのかたはらには ボタニカル・クロッカスの紫が ゼフィロスの吐息に 次の季(とき)を告げてゐたわ 咲き疲れて佇むわたしよ 如月 中七日 〈ゼフィロス=ギリシャ神話、西風の神。吹き出す息は春を齎すと。 中=中旬。中七日は十七日。初は初旬、末は下旬。〉
花サフラン(クロツカス)二月十七日初めて開く 花泪夫藍(はなさふらん)二月乙女を見送りて 雨水
「無 常」
ヘリオスの馬車 高くに天翔(あまがけ)れば 雪の雫(スノードロツプ) 無惨なむくろ ・ 麗しき二月乙女はや 潰された蛾の亡き骸 ゼフィロスの吐息に ひたすらゆすらふのみ 〈ヘリオス=ギリシャ神話の太陽神。四頭立ての馬車で毎日東から西へと駆け去る。〉
季語三つ襲
春うれひ ぼけの蕾と腐れ雪 〈ぼけ=木瓜と聴風の呆けと。〉 啓蟄
春寒料峭夜来の風に土啓(ひら)く
今年いまだ「春一番」も迎へ得ず
佐保姫の衣(きぬ)剥ぎされよ夜半の烈風(かぜ)
春分 おともなくはなひら落ちて鵯の晝
佐保姫待ちぼうけ 朧なる月の在(あり)処(か)や佐保来たる 〈佐保姫=春を司る神。ときに春霞も曳く〉
佐保の曳く霞とほ(お)める果ての山
西山をかすみとほ(お)めて汝が眸
春の夜の月にかすめる佐保の俤(かげ)
漆黒の闇に沈丁花(ぢんちやう)佐保にほふ 〈沈丁花=瑞香とも。春に芳香を放つ花を付ける1米強の低木。沈香と丁字を合わせた香りが命名のルーツ〉
佐保の香の充ちて彩(いろど)る春の闇
やははだの佐保抱擁(いだ)きたしはるの夢
はな杏 月に叢(むら)雲(くも) 佐保に薄衣(きぬ)
あくがれし佐保の黒髪香に充ちて 沸き立つ胸のおもひはるけし 〈はるけし=想いが「張る」「遙かである」の二重語。〉
花腐(くた)す雨にぞひとをおもひけり
高(こう)野(や)箒(ばうき)を摘みにしひとを 〈高野箒=山野に自生する一㍍ほどの落葉低木。白花を付けるのは秋だが。 大伴家持=万葉歌人。「うらうらに照りたり春日に雲雀上がり情哀しも独りしおもへば」〉
家持追情 柃(ひさかき)のにほふ園生にわれ佇ちて柃柃 〈柃は独特の匂いがする。〉
情(こころ)哀しも独りしおもへば
神田駿河台へ登る石段に女坂・男坂あり 男坂(をのこさか)に吹き上ぐ東風(こち)や薺(なづな)揺る
酢漿草(かたばみ)のたをやに咲けリ女坂(をみなさか) 〈たをや=嫋やか。しなやかでやさしい。〉
をみなさか奔(はし)り降(くだ)りてはるの逝く
はかなくて幾春かすぐ女坂(をみなさか) 〈幾春か=この「春か」は「遙か」を含み、「すぐ」は「過ぐ」に「直ぐ」をかけて。〉
清明 みづ揺蕩(たゆた)ひ野豌豆咲けり多摩堤(づつみ)
多摩の土手姫踊子(をどりこさう)草の濃(こま)やかに 〈濃やか=色濃く美しい様。体つき小さく可愛いさま。〉
飛蝗は秋の季語なれど… はたはたは星霜の韻飛蝗(ばつた)跳ぶ 〈はたはた、飛蝗の異名。〉
春料峭佐保の訪れ如何なるや
今年また佐保の東路遅々として
烏(お)滸(こ)聴きてそそと場を去る春の猫 〈烏(お)滸(こ)=馬鹿馬鹿しく愚かなこと。〉
穀雨 百穀を潤すあめのやや足らず
花からはなへ をのこごころの黒揚羽
ぎしゃ未だ蕾にやどすはるの彩(いろ) 〈ぎしゃ=追分では檀香梅(だんこうばい)を言う。全てが冬枯れ木の中、いち早く春を告げる黄色い集散花。〉
クラシカ・ジャパン二句 フリュウトのをみな麗し春の肩
プロコフィのソナタ妖しや暮れの春 〈プロコフィエフのピアノソナタ。〉
四(し)十(じゆう)雀(から)の佐保にささげし春の聲 〈佐保=春の女神・佐保姫。〉
四十雀やさへづりをみな春のゆく 〈二十四節気で次はもう立夏というに寒さが未だ残る今年の異常気象。〉
蕊(しべ)流る 上野のやまのあをば狩り
都美館の窓が裁(き)りとるあを樹木
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