十五歳の頃
五月の風
ファイナル・アプローチ
約束
複雑な関係“
十日間の恋
志乃さん
(七作品収録)
複雑な関係 大学四年の夏に、僕は新宿のデパートでアルバイトをした。得意先課の仕事だった。
学生はたくさんいたが、すぐに広田と友達になった。同じ国立に住んでいたからだ。
彼は前からアルバイトをしていて、知り合いがいっぱいいた。それでデパートの女子社員と飲みに行ったり、ドライブに行ったりした。
よく行ったのは、レストランバーの「C」や、ドイツ料理の「E」だった。ドライブは、伊豆へ海水浴に行ったり、能登半島まで行ったりした。
やがて、夏が終わり、僕はアルバイトをやめたが、広田は、大学へ行きながら働いていた。家が近かったのでよく家へ遊びに行ったり、彼が僕の家へ来ることもあった。
秋になっても、皆で飲んだり、ドライブに行ったりした。
そして、冬になって、彼には店内案内の洋子という恋人ができた。じきに、僕にも由貴子という恋人ができた。
やがて、僕らは大学を卒業し、サラリーマンになった。
社会人になっても、僕らはよく四人でダブルデートをした。よく行ったのは「C」たった。自由が丘のレストランヘ行ったこともあった。
そして一年が過ぎた頃、僕は「C」で洋子と二人で広田を待っていた。由貴子は都合が悪くて来られなかった。
二人で世間話をしている時、洋子がつぶやくように言った。
「私、純さんのことを思っているのよ」
「えっ」
と驚きながら、僕はこの問題を考え始めた。
司法試験に無回答という問題が出ることを知っていた。答えのない問題を出すのだ。この問題は無回答だろうか。
僕には、由貴子という恋人がいる。洋子には広田がいる。僕が由貴子と洋子の二人共を恋人にできるだろうか。それは無理なことだった。洋子に何と答えればいいだろうか。僕も君が好きだけど、お互い我慢しよう―――そう答えればいいと思った時、広田がやって来た。
「やあ、遅くなってごめん。客がなかなか帰ってこなくて。何か頼んだ?」
彼は車のセールスマンをしていた。
「いや、まだ頼んでいない。適当に頼んでくれ」
「じゃあ、頼むよ」
彼はメニューを見ていた。僕はジンライムを一気にあおった。
「今日は箱バンの納車でさあ、面白かったよ」
「乗り心地はいいの?」
「いいよ」
僕はまたジンライムをあおった。
やがて料理が連ばれてきた。冗舌な広田はよくしゃべった。僕はジンライムを飲み続けた。
「今日はよく飲むね」
「ああ、飲みたい気分なんだ」
やがて、アルコールの回った僕の脳細胞が動きだした。
洋子は魅力的な女性だった。抱いてもいいと思ったくらいだ。
誘ったら彼女は僕に抱かれるだろう。二人の楽しい時間が持てる。秘密を守れば、二人の情事は続けられるだろう。しかし、それでは由貴子と広田を裏切ることになる。それはできないことだった。
「私、酔ったわ」
「そう、じゃあ、料理を片付けてしまおう」
みんなで料理を食べ始めた。やがて、料理はなくなった。
「じゃあ、行こうか」
僕は、少しふらつきながら席を立ち、三人で新宿駅へ向かった。
しばらくして、広田は洋子と別れたと言った。
そして洋子はすぐ結婚したという。
広田と「E」で飲みながら、広田は、
「オレ、洋子の結婚を聞いた時、わびしかったよ」
と泣きそうな顔で言った。彼は、別れてから洋子を愛していることが分かったのだろう。
「次を探すしかないな」
と僕は言った。
複雑な関係は終わった。
もし、お求めいただけるようでしたら、
アマゾンで、税込み648円(送料無料)で購入できます。