昨年の9月~10月に六本木のサントリー美術館で開催された「江戸琳派の旗手 鈴木其一 展」にも出展されていた鈴木其一「夏秋渓流図屏風」の解説が朝日新聞の美術欄に掲載されていましたので、紹介します。

「夏秋渓流図屏風」 鈴木其一 不思議な感覚、どこから 引用元:朝日新聞 夕刊 2017.5.2.
金、青、緑の鮮やかな対比とフラットな色面。大胆なデザインによる、現代作家の作品といっても通じるだろう。
近年、注目が高まる江戸琳派の鈴木其一(きいつ)。琳派は、俵屋宗達や尾形光琳らにより桃山時代から江戸中期に京都で花ひらいた美意識の系譜だ。百年後、それを江戸琳派として展開させたのが其一の師の酒井抱一(ほういつ)だった。
雅趣あふれる師の画風を受け継ぎつつも、理知的でモダンなまなざしが其一の特徴だ。この画はリアルでありつつ、全体に非現実感が漂う。
左右からほとばしる水は、粘り気を帯びて見る者に迫り来る。しみのような変色まで細密に描かれた紅葉や白いヤマユリは写実的なのに、笹(ささ)はまるで文様のデザイン。しかも斜面の向こうににゅっと現れた笹は、えたいの知れない生きもののようでもあり、立体感がない。2次元と3次元が同居する、不思議な感覚に襲われる。
水流や檜(ひのき)、ヤマユリは、すでに琳派で描かれてきた。水流は先に描かれた円山応挙の屏風(びょうぶ)の影響も指摘される。だが「其一はあえてちぐはぐさを狙い、独自の空間を生んだ」と野口剛・根津美術館学芸課長。その絶妙なバランスで、間近に見て筆遣いの妙を、離れて全体を見て優れた構図を楽しめるのだ。
この画を描く前の30代後半、其一は近畿から九州まで旅し、渓流や滝など様々な風景を写生した。目で捉えた現実を咀嚼(そしゃく)したうえでの、大胆な変換。それが現代的な感覚に通じるのだろう。古典こそ新しい、との言葉を実感する。(小川雪)
▽「燕子花(かきつばた)図と夏秋渓流図」展 14日まで、東京・南青山の根津美術館(03・3400・2536)。8日休館。
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・名前 夏秋渓流図屏風(びょうぶ)
・生年 天保年間(1830~44)末ごろか
・体格 六曲一双
各隻:縦165.8センチ×横363.2センチ
・素材 紙本金地著色
・生みの親 鈴木其一(1796~1858)
・親の経歴 父は紫染め職人とされるが、武家出身説も。数え18歳で姫路藩主家出身の酒井抱一の内弟子になる。後に家臣の鈴木家の婿養子となり、酒井家の御用絵師に。琳派の伝統に北斎や円山派など同時代の傾向も採り入れ、独自の画風を築いた。コレラで死去。
・日本にいる兄弟姉妹 京都市の細見美術館、東京富士美術館などに。
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[1]右隻にヤマユリ、左隻に紅葉した桜を描き分け、夏から秋への移り変わりを表現する。
[2]ヤマユリの上方、檜の幹にセミが真横を向いてとまる。幹や岩肌に増殖するような苔(こけ)とともに時間が止まったかのような感覚をおぼえる。
[3]水流には高価な群青がたっぷり用いられ、金泥で線を描く。特別な注文品とみられ、其一のパトロンだった江戸の富商・松澤家に伝来した。 |
なお、「燕子花(かきつばた)図と夏秋渓流図」展 14日まで、南青山の根津美術館で開催中ですので、この機会に行って見られたらいかがでしょうか。