国民の憤り
開会式の音楽担当問題、感染者対策で組織委員会は遂に国民から失格とみなされるに至りました。 開会式への要人の出席はもはや期待できません。このまま意義も目的も説明できない東京五輪が挙行されることは国辱です。 一両日中に五輪開催中止が決定されない場合、市民社会、さらには国民の激怒が予見されます。16日発出の下記所感の正しさが立証されつつあります。 日本一新さらには世界一新の動きの始まりへの期待の盛り上がりが予見されます。
バッハ会長が14日に菅義偉首相と会談した際、新型コロナウイルスの感染状況が改善すれば東京五輪の観客入り開催を検討するよう求めていたことが報じられております。 お送りした下記所感の完璧な傍証です。日本国民の立場は完全に無視され続けております。これで国民は悟りました。
傑出した心ある市民からのメッセージをお届けいたします。 <所感、ありがとうございます。原発と五輪でわかることは、日本国はすでに崩壊しているということだと思います。 熱海の土石流は、一部の民間業者の特殊事例ではなく、日本の中枢の全てに共通する社会病理です。中枢であるが故に病気の進行が進んでいる。たいへん残念です。> 日本国民は立ち上がり、五輪中止実現に全力投球を続けるものと確信いたします。
開会式を一週間後に控えながら、感染防止対策の深刻な不備が表面化しております。 それにも拘わらず「安心・安全」とされる東京五輪が想起させるのは原発の安全神話です。 五輪開催責任者の理性、知性, 感性が厳しく問われ出しております。 更に想像力、直観も問われます。 五輪は原発と表裏の関係にあると指摘して参りましたが、原発について指摘した三カン欠如(倫理観、責任感、正義感)もそのまま当てはまりそうです。 市民社会は不道徳の永続を許さない歴史の法則、換言すれば天地の摂理の支えを得て明るい将来を展望し続けております。
村田光平 (元駐スイス大使)
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