「儀兵衛さん、相変わらずしけた面だね」
「おお、清介か」
「まったく、家主がそう情けない顔されてたんじや、長屋中が陰気くさくていけねえ」
「亭主のわしが言うのも何だか、あいつはわが家の福の神。二年前嬶に先立たれてからこの方、どうやら貧乏神に取り憑かれてしまったようだ」
「おかみさんは賑やかな上に、万事気が利いた人だったからねえ」
「あれから、商売は何にかかっても元手を切らし、店子も家賃を溜め放題……」
「それを言われると面目ねえ。どうです、桜もちょうど見頃。三回忌も終えたことですから、長屋を挙げて花見というのは。一つ派手にやりましょうや」
「そうだな、お前さんの言う通りだ。酒は二升、わしが奢ろう」
「そうと決まれば善は急げだ。八兵衛や武助にも声を掛けてきまさあ」
さあそれからは、昼日中から呑めや歌えの大宴会。ところが盛り上かってくると儀兵衛さん、「ああ、三年前はあいつとこの桜を見上げたなあ。もう一度見せてやりたかった」
とおかみさんを思い出すことしきり。
「だめだめ、今日は寂しい話は御法度ですよ」となだめてもすかしても、酒が進むにつれてすっかり泣き上戸。
さて、陽の暮れ方、清介の自慢の喉に合わせ皆が踊っていると、儀兵衛の家の戸がガラッと開く。中から浅黒い顔の、餓鬼のように痩せこけた男がスーツと出てまいります。
「おい、あれ貧乏神じやないか」
「やったー、ついに貧乏神を追い出したぞー」
すると、地の底から聞こえてくるような低い声で「あんまり楽しそうだから、もそっと連れを誘ってくる」「えっ!」
大成功と思いきや、おっと、こいつぁー 糠喜び。どうする?長屋の衆!
「仏教の生活」より