翁図 一幅 細見美術館横幅120センチに及ぶ大画面に、面をつけて「翁」を舞う人物が堂々と描かれており、大名家における新年か慶賀の舞台を記念した制作かと考えられる。
其一は抱一没後も酒井家に重用されている。「菁々其一」は其一晩年の署名形式で、本図を酒井家の舞台とすれば、演者は十九代雅楽頭の酒井忠学か、二十代の忠寶(ただとみ)と推定できよう。
猩々舞図 双幅 東京国立博物館
大名家では能を武家の式楽として嗜み、熱心な家では能役者を抱えたり、能舞台を藩邸内に設けたりして、藩主自ら演じた。
酒井家でも盛んに能や謡曲に親しんだ様子が『玄武日記』の随所にみられる。本図も酒井家、蜂須賀家ほか、其一にゆかりの大名家の演能の記念と考えられる。
白蔵司・紅花・白粉花図 三幅 東京国立博物館
白蔵司(はくぞうす)は狂言「釣狐」のシテ役。老狐が僧侶に化けた姿で、本図では水墨のみでこれを描く。右に紅花、左に白粉花と、初夏の花を取り合わせている。中幅と左右の幅で、「菁々」の書体に違いが指摘されるが、もともと三幅対であったとすると、違う書体が同時期に使用された可能性がある。
菊慈童図 一幅 安政三年(1856) 個人蔵 能「菊慈童」は、周の穆王の寵児(慈童)が讒言により山中へと流され、菊の咲く谷川の水を飲むと不老不死になった物語。面をつけて舞う姿を描く本図はやはり大名家の注文と思われる。箱の蓋裏には「安政三丙辰五月念三日 時年六十二菁々其一筆」と自署があり、還暦後、年を一つ多く数える風習により一歳足して記したのかもしれない。
道成寺図 一幅 個人蔵 紀州道成寺の釣鐘伝説に基づく能「道成寺」の見せ場、寺の鐘に恨みを抱く女が白拍子に姿を変えて舞い、いざ鐘入りをしようという場面である。扇を右手にしずしずと鐘に向かう演者の昂った気持ちが面の下からも伝わってくる。
能舞台を描く絵画は一般に、舞台の様子や能装束を記録として残すことを目的とする場合が多いが、江戸琳派の能画は演じ手の気迫までも描き表わそうとしている。
釣鐘図 一幅 個人蔵 釣鐘だけが大きく中央に据えられたことにも、その表面の彫刻文様の細密なことにも驚かされる新出作品。金泥で謹直に書かれた「菁々其一」「元長」朱文壷印の落款といい、特に畏まった制作態度が見られる。川端玉章の箱書にも「釣鐘之絵」とあるが、やはり「道成寺」譚を示す釣鐘のことであろう。