竹鍾馗図 一幅 安政二年(1855) 個人蔵
「安政乙卯初夏 菁々其一」の署名と「祝琳」朱文方印がある。其一60歳の年の、端午の節句用の作品である。其一は画中に年紀をすることは極めて珍しく、男児へ贈ることに関係する特別な制作背景があったのだろう。竹林という状況描写もあまりみないものである。没する三年前になるが、人物画に安定したうまさを感じさせ、力のこもった描写で小さな画面が大きく感じられる。
業平東下り図 一幅 遠山記念館 『伊勢物語』第九段「東下り」の富士山の場面。富士の麓を通りかかった業平が、「時知らぬ 山は富士の嶺 いつとてか 鹿の子まだらに 雪の降るらん」と詠むくだりで、しばしば絵画化されており、琳派にも作例は多い。
其一は本紙に「富士を仰ぎ見る馬上の業平」の図様を描き、周囲に四季草花を廻らす。
三十六歌仙図 一幅 弘化二年(1845)三月一日 出光美術館 光琳の三十六歌仙図屏風をもとに本絵に歌仙を配し、鮮やかな描表装でさらに豪奢に創り上げている。節句の画題や歌仙絵は、注文主からは周知の馴染みの図様が求められ、個性が発揮しにくいものだろう。其一はだからこそ斬新な描表装で新機軸を図ったのかもしれない。本図の天地を飾る扇面流しの意匠も、古典的な図様ながら明快な色彩で他例を見ない。
夏宵月に水鶏図 一幅 個人蔵 月夜の水辺に佇む水鶏。月に照らし出された太蘭は細い水墨の線を連ね、幻想的に浮かび上がる。一方周囲の描表装は、中廻しが明るい朱地に紅白の石竹、天地が紫陽花に銀泥の雨、一文字と風袋は紫地に金泥で立葵を描く。
汀の情趣を静かに湛える本紙と、色形を整えた花で埋め尽くされた描表装が見事な対比を成している。
全てを初夏の花で構成しており、本来四季月図四幅対のひとつであった可能性も視野に入れたい新出作品である。
抱一上人遺像 一幅 個人蔵 最近紹介され初公開となる、其一による抱一上人像である。「菁々其一謹寫」と隷書の款記があり「元長」方印と「其弌」瓢印がある。落款からも、没後まもなく描かれた尊像として影供のための作画であろう。額の深いしわ、腿毛や瞳孔も描きこむなど細部まで非常に細かく慎重で、大きな鼻や口元などリアルに再現しようと追求したものと見られる。雨華庵什物と伝え、八百善旧蔵。