
暁桜・夜桜図早暁の朝日を浴びて霞に浸る桜と、夜露に沈み闇に暗く影を落とした桜を、まるで同じ桜の表裏から同峙に捉えたような姿で対比した作品。朝夕という一日のなかでの時間の対比を色と墨で描き分けているのである。師抱一は「月夜楓図」のようにモノクロームの世界を捉えた作品を描いているが、其一はこの夜桜図にみるように桜を墨で影のように表わして、静寂な世界を鋭く描き出している、琳派の先駆者、宗達の水墨画は「影法師」と、評されたが、其一の場合、その着想と趣向は俳諧の世界を絵画化したものであったのかもしれない。そしてその観念のエッセンスをさらに純化した造形を描こうとしているのである。 (松嶋雅人)
萩月図襖 画面右から伸びる薄紅色の花房を付けた荻の枝は、ゆるやかな夜風に播られるようにカープを描いている。その枝に呼応するように左側の白萩は配置されている。絹地の画面全体に銀泥を掃いて、鈍く柔らかい月光に満たされた空間をつくりだしている。萩の花房と葉を、繊細に色調を変えながら緻密に描き分けて秋の夜の懜さを感じさせる。 (松嶋雅人)

月に葛図秋の七草の一つ、葛の蔓の先に月を描く。月の周囲を極薄い墨で示す外隈の水墨技法を使って描き、絹の地色がそのまま柔らかい月の光となっている。葛の花は朱を交えて花弁の重なりも丹念に描いているが。墨で平面的に描写されている葉は緑青をほんの少したらし込んで、その滲みか徴かに葉の色を知らせている。その葉の形象は、まるで月光をうけた彫のようにもみえる。クローズアップした草花や木々越しに月を眺める視点は、抱一の「月夜楓図」を彷彿させる月の置き方である。 (松嶋雅人)

流水千鳥図薄氷の張った水が、中の気泡をあふれさせながらゆっくりと溶けて流れる氷水の表現は、『平家納経』にも見られる。光琳が得意としたもので、絵画のみならず蒔絵など琳派作品に広く取り入れられている。抱一の描いた「重陽・四季草花図」(ギッター・コレクション)の冬、水仙の後ろにも同様な氷水が描かれている。
本図は、この流水に千鳥と枯れ芦を組み合わせたもの。流水はデザイン化を一層進め平板に意匠化されている。千鳥は水墨で表現されているが、胡粉が慎重に付され、一瞬の動きを捉え凍りつかせたように描写する、それに対し、芦は墨に絵具を交えて一気呵成に描かれている。張り詰めたような緊張感は、徴妙に違う表現が画面の中で危うい均衡を保ってい
るせいかもしれない。
実際より多くの色彩を感じさせる墨と藍を主としたモノトーンに近い表現、流水や千鳥が生み出す冷たくシャープな感覚は、葛飾北斎(1760~1849)を思わせる。幕末の江戸の造形感覚を示している。 (田沢裕賀)