さあ、「トイレ掃除」に学ぼう
インタビュー●「トイレ掃除と経営の関係」を研究する 大森 信(おおもり しん)さんに聞く
さあ、「トイレ掃除」に学ぼう 「まず、やってみる」ことが意識を変える
先生の専攻は経営戦略論だが、四年前に初めて書かれた本は「トイレ掃除の経営学」である。トイレ掃除がテーマなら修養書がふさわしいと思われるのに、なぜ経営学で「トイレ掃除」なのだろうか。 「私は経営学者という立場から、大勢の経営者とお話しする機会がありますが、ある岐阜の会社を訪問したとき、社員のみんながえらく生き生きと働いているな、という感じを持ったんですね。この会社は一時経営危機に陥りましたが、社員みんなで踏ん張って業績を回復させました。反対にたとえ経理上は業績がよくとも、社員の表情や姿のどこかに窮屈そうな、疲れたような感じが漂っている会社もあります。 それで社長さんに聞いてみると、「実は社員全員で掃除をしているんです」とのこと。そこでは毎朝の社内の掃除を欠かすことがないばかりか、地元の神社や小中学校のトイレまで掃除しているということでした。 私は企業経営を、そんな面から考えたことはありませんでしたが、社員の表情や姿から、業績よりも生き生き働ける場をつくることが重要だと気付かされました。そして、掃除が会社にどんな効用があるのか、研究することに決めたのです」
●掃除が社員の意識を変える● 「最初は上司に言われてやむなく掃除を始める社員が大半ですが、身の回りが綺麗になれば素直にうれしいですよね。しかも掃除は目に見えるかたちで成果が現れるから、達成感も味わえる。若い社員に言わせると「自分磨きの掃除」なんですね。 当然三、四年もやり続けているとやがて馴れから新鮮な感動が消えて、「なぜ、掃除なんて」と、ふと疑問が起きてきますが、その疑問を乗り越えて続けていると、今度は自分以外の「他人のため」に掃除をするようになる。自分のための掃除は、自分に見えるところが綺麗になれば満足だけど、他人はどこを見ているか分からないから掃除の仕方も変わってくるわけです。そして、何より他人が喜んでくれることで、自分も満足できる。掃除を通して、自然に 『利他のこころ』が湧いてきます。 このように行動から感じた『利他のこころ』は強く、ついには、特定の誰かのためではなく、自分と他人との区別がなくなって、『仲間のため、会社のため、お客さまのため、そして自分を含めたすべての人のため』という意識が芽生えてくるのです。 これを私は『三段階の変化』と呼んでいます」
●まず、やってみる● 「今私たちは、たくさんの知識を本やインターネットから吸収することがで『この結果を得られるから、これをしよう』と頭でっかちになっています。でも、掃除は、『すぐに会社がよくなる』効果が現れるものではありませんし、事前に目的を説明できるものでもありませんが、『まず、やってみる』ことでしか得られない知識なんです。『やれば分かる』ことなんです。 トイレ掃除をすることで、社員は自分の中のさまざまな感情に気づくようになります。そして、爽快感、達成感という前向きな感情を味わう人もいれば、嫌悪感のような否定的な感情を抱く人もいます。このようにして、湧いてきた感情がさらなる行動を導くとともにさまざまな、知識や意思をも導いてくれます。 それは決して本やインターネットでは身に付きません。今の時代、頭に偏らす、身体も動かして、知識のバランスをとることが大切だと思います。 掃除をし続けることによって、社員が育ち、会社が成長する。そして、身体を動かすことで得られる充実感、やりがいのある毎日は、社員個人の人生をも変えることができるのです。そして、経営者自身も『経営者としてどのような姿勢で仕事に向き合い、会社として何を大切にするのか』という、経営観を磨いていく。ここに日本の企業が、掃除に注目する理由があるんだと思います」
プロフィール●1969年大阪生まれ。2001年神戸大学大学院経営学研究科博士過程修了。城西国際大学経営情報学部並びに福祉総合学部専任講師、東京国際大学商学部助教授を経て、現在日本大学経済学部教授。経営戦略論担当。大阪商工会議所「掃除でおもてなし研究会」座長。著書『トイレ掃除の経営学』(白桃書房)、『毎日の掃除で、会社はみるみる強くなる』(日本実業出版社)『そうし資本主義』(日経BP社)他。
『仏教の生活』252号より
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