生徒会員としてもっと自覚を [鷺高新聞 第83号より]
今回の役員選挙は惨たんたるものであった。その原因を探れば、我々生徒会会員の生徒会に対する無責任さ、無関心さであろう。良い生徒会になって欲しいと願う人はたくさんいても、良い生徒会をつくろうと努力している人は両手で数えられる位である。 そこでちょっと生徒会というものについて考えてみよう。 クラブに加入している人が少ない。友だちは放課後は同じ空の下で二度ともどらない高校時代を有意義に楽しく過ごしているのに寂しいことだと思う。また、生徒総会となると必死で塀を乗り越えているあのかっこうはまったく醜い姿である。なぜ出席しないのかと聞けばおもしろくない、時間がむだだと答える。生徒総会というものに関心を持って出席しなければ、落語か慢才でもしていないかぎりおもしろいはずがない。関心を持つ持たないは自由かもしれないが、生徒会会員としては失格だろう。H・Rでは議題と関係のない話に花を咲かせている人の多いこと。大変無責任な態度だ、こんな状態で良い生徒会がきるはずがない。 また、執行委員会に魅力がないという声がある。執行委員会は何をしているかわやらない、PR不足だと言う人もいる。確かに現在の執行委員会は魅力があるとは言えないし、PR不足だと言えるだろう。しかし責任は執行委員にあるといって我関せずではこまる。ちょっと放課後生徒会室へ出かけて行って、気軽に自分の考えを話し質問などをしてきたら、そしてそういう人がふえたなら、執行委員会は今までより親しみが持て、また大変魅力のあるものになるだろう。もちろん執行委員の方にもそういう執行委員会をつくるよう努力していただきたい。 一般に我々には自分に直接利益にならないことは関心を示さない人が多い。しかし考えてみれば前に述べたようなことは、我々生徒会会員の義務である。たとえ利益にはならなくとも、義務である以上果さねばならない。それにまったく利益にならないわけではない。形として返ってはこなくとも必ず何か大きな得るものがあるはずである。そして権利を主張するのは義務を果してからにしたいものである。権利というものは義務を果した人にだけ与えられるものだ。もちろん義務だ権利だなど考えて物事をしていたのではまったく味気ない生徒会になりかねない。理想としては義務だからする、などと考えずに義務を果して欲しい。 そこで考えてみるに、生徒会会員としてのあるべき姿は〝生徒会会員としての義務を果し、生徒会活動に自主的に参加し、心から鷺高生徒会の発展を願う〟ことであろう。その為にまず第一に我々がしなければならない事は、自分が生徒会会員であるということを自覚することであろう。 一人一人が生徒会会員であるということをよく考え、自覚すればおのずから義務を果すようになり生徒会の発展を願うことになるだろう。そうすれば鷺高生徒会はすばらしいものとなるに違いない。
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