先日、紹介した朝日新聞「オピニオン 耕論」の「一水会」顧問鈴木邦男氏の『愛国論』が、いろいろな所で話題になっています。今日もBS11の報道プレミアムで田中康夫との対談形式で『鈴木邦男が語る「愛国と憂国と売国」』という番組が放送されていました。
鈴木氏が語るに、昭和43年に三島由紀夫氏の「愛国心?官製のいやなことば」に出会い、彼の云わんとすることが最近やっと理解でき、あの『愛国論』に結実したとのことでした。
その昭和43年1月8日の朝日新聞に掲載された、三島の論述を紹介します。

【この言葉には官製のにほひがする。また、言葉としての由緒ややさしさがない。どことなく押しつけがましい。反感を買うのももっともだと思われるものが、その底に揺曵してゐる…(中略)…愛国心の《愛》の字が私はきらひである。自分がのがれやうもなく国の内部にゐて、国の一員であるにもかかはらず、その国といふものを向こう側に対象に置いて、わざわざそれを愛するといふのが、わざとらしくてきらひである…(中略)…日本人の情緒的表現の最高のものは《恋》であって《愛》ではない。もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限定無条件でなければならない。従って、《人類愛》というなら多少筋が通るが、《愛国心》というのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである】
三島由紀夫が、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決した時、それまであった彼への関心が失せ、所蔵していた彼の著書をすべてを売り払いました。しかし、今回鈴木邦男氏を介して彼の思考に触れ、政治信条は別にして、もう一度読み直してみようかと思っています。