つい最近読んだデヴィッド・デュバル著「ホロヴィッツの夕べ」で、ホロヴィッツが晩年ジュリーニと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲第23番の収録に際し、カデンツァにかなりのこだわりを持っていたとの記述に興味を持ち他の演奏家と聴き比べてみました。
私の収集したレコードの6枚のうちホロヴィッツを除いては皆モーツァルト作曲のカデンツァを演奏しています。なぜ彼はブゾーニ作曲のを採用したか。興味深いテーマですが、聴き比べてみてどうでしょうか。
ミケランジェリmono、ハスキルmono、内田光子、グルダ、ポリーニ、ホロヴィッツ(演奏順)
なぜホロヴィッツはブゾーニのカデンツァを採用したかは下記ページをご覧ください。
http://yarouyo.jp/readnote.php?no=811...モーツァルト ピアノ協奏曲23番 カデンツァ 引用元:「ホロヴィッツの夕べ」デヴィッド・デュバル(著) 小藤隆志(訳)
「デュバルさん、非常に重要なことをお話ししなければなりません」。ホロヴィッツは手で口を覆いほとんど囁くように言った。「大問題なのですが」。 「なんでしょう、マエストロ」と私は真剣に尋ねた。 「イ長調協奏曲の第一楽章のためにモーツァルト自身が書いたカデンツァが弾けないのです。良くないのですよ。悪いんだが、他の部分に比べだいぶ劣ります。ばかげている。あまりにも薄っぺらで。どうしたらいいでしょうかね」。 古典派の協奏曲ではカデンツァはたいてい第一楽章の終り付近と、時には最終楽章に置かれ、独奏者はその楽章のテーマを用いてソロで演奏する。十八世紀の作曲家はしばしばその部分を演奏家の即興に任せた。 モーツァルトの数ある協奏曲の中にはカデンツァを作曲してあるものもあり、何も書かれていないものもある。しかしイ長調協奏曲K488では、モーツァルトは第一楽章のカデンツァを作曲した。 「マエストロ」と私は大声で叫んだ。「ご自分でカデンツァを書かれたらいかがですか。ご存じのように、それが伝統でしたよ。あなたにとっていいはけ口となるでしょう。あなたのカデンツァを心から聞きたいと思います。多くのピアニストがモーツァルトのカデンツァを無視して、自分で書いていますよ」。 ホロヴィッツは耳を澄ませて聞いていた。「だめです。批評家は私をやっつけるに決まっている。それにモーツァルトの様式で作曲するのは私のスタイルに合いません。ぎこちなく響くでしょう。ほかの人の書いたカデンツァを調べてみます。面白いものが見つかるかもしれない」。 「マエストロ、私も探してみましょう。ブゾーニがひとつ書いているのは覚えています」。 ホロヴィッツの顔がぱっと明るくなった。「ああ、それはぜひ見てみたい。ブゾーニは天才でしたからね。それは見てみたい」。
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1987年1月10日のことだった。前夜にかなりの雪が降ったため、マソハッタンはおとぎの国のようだった。 とつぜんホロヴィッツ自身が受話器をつかんで電話口に出た。「デュバルさん、ブゾーニのカデソツアはありましたか」と彼はせっかちに尋ねた。 「はい、マエストロ。知り合いの教師がコピーをくれました。ここの私の机の上にあります。来週お目にかかるときに持っていきます」。 「いや、いや、あとで必ず来てくださいよ。スキーでセントラルーパークを横切ってでも来なきゃいけません。たくさんほかのカデンツァを調べたのだが。どれも良くない。どうしてもブゾーニのカデンツァがいいかどうか見ないと。来週まで持てないんです」。
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「ホロヴィッツさん、お目にかけますよ。今ちょうど午後六時ですから、九時にはそこに着きます。でも、あらかじめ警告しておきますが、私の持っているコピーは完全に明瞭ではありません。いいコピーではないのです」。 「それでもいいです。とにかく来てください」とホロヴィッツは叫ぶと電話を切った。
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私にいっしょに来るよう手で招くと、楽譜をピアノの譜面台の上に置いた。そして、この伝説の超絶演奏家は難しいカデンツァの音符を一つも間違えることなく完璧に弾いたのだ。まるですでに何週間も練習したかのように。 私は言葉を失った。私がゆっくりとようやくの思いで弾いたものを、彼は鳥が空を舞うような自然さでやすやすと弾いてしまったのだ。 彼はカデンツァを最後まで弾き終えると、黙っていた。もう一度弾いた。すでに彼のアイディアは熟していた。 彼は顔を上げた。ワンダと私は判決を待った。「このカデンツァは私のものだ」と彼は満足げに言った。 「これを弾きます。これを研究します。でも、難しい、おわかりでしょう、非常に難しい。練習しなければ」。
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「モーツァルト ピアノ協奏曲第23番 イ長調 第3楽章 聴き比べ」も併せてお聴きください。
http://yarouyo.jp/readnote.php?no=480&pls=1&prc=1&rcn=13