今朝の朝日新聞に「日本国憲法 大阪おばちゃん語訳」の著者、大阪国際大学准教授・谷口真由美氏の「(憲法を考える)機嫌よう暮らしたい」というインタビュー記事で、関西と関東の言語文化の違いを感じました。
それは『おばちゃん』と『オバハン』、『おっちゃん』と『オッサン』のニュアンスの違いを上手に使い分けていることです。
関東では、精々『おばさん』と『おばちゃん』で親しみ感の違い程度しか表現できません。歴史の違いでしょうか。
大阪文化 引用元:朝日新聞 2016.5.4. (憲法を考える)機嫌よう暮らしたい 大阪国際大学准教授・谷口真由美
――そもそも、どうして「おばちゃん」なのでしょうか。
「機嫌よう暮らしたいと思いませんか? 隣に困っている人がいたら助けてあげる、誰かのために労力をいとわず何かをしてあげる。そういったおせっかい感や、他者への配慮を、『おばちゃん』ということばに込めています」
「残念ながら、私たちの暮らす社会はどんどん不機嫌で不寛容になっています。生活保護バッシングや過剰な自己責任論、ヘイトスピーチ。『社会は支え合い』ということばが、空々しい状況です」
「『おばちゃん』と正反対の存在が、『オッサン』です。ありがとう、ごめんなさい、おめでとうを言えない人たちです。政治の世界も力のある組織もいまだ『オッサン』が中心。そのことに『おばちゃん』は憤っています」
――区別して批判することで誰かの人権を軽んじていませんか?
「どんなに嫌いな人であっても、その人が不当な扱いを受けたら声をあげて守ろうとする。これがおばちゃんマインドであり、実は人権の本質です。同じことができる男性を、『おっちゃん』と呼んでいます。できない女性ですか? それは『オバハン』です」
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