怪鳥ソロウェイの出現?
子どものころ、家に「世界民話全集」とかなんとかいう本があった。だれの本なのかわからないという謎の本なのだが、友だちはみな世界の名作を読んでいるらしいと思い込んで劣等感に打ちのめされたぼくは、なかば渋々、この本を読んだものだ。 その中の「ロシア編」に、「イリヤ・ムーロメツの話」というのがあった。伝説の英雄なのだが、30歳までは寝たきりで言葉も話せなかった。そこに謎の3人の旅人がやって来て、イリヤを立たせて口がきけるようにし、怪力さえ与える。そのイリヤが祖国をタタール人から救うという話だ。 イリヤの遍歴の旅の途中、怪鳥ソロウェイという盗賊を退治する。ソロウェイとは、ナイチンゲール(夜鳴きウグイス)のことだが、この盗賊は妖しい鳴き声で旅人を森の奥に誘い込み、金と命を奪ったのだそうだ。
その怪鳥ソロウェイが、ぼくが散歩する森にいるのかもしれない。 ある時、迷犬ハッチとともに散歩していたら、中学校の近くで美しいさえずりを聞いた。日本の野鳥のさえずりならたいてい聞き分けられるという自信があったのに、それは全く聞き覚えのない声だった。夏鳥たちの、か細く繊細な声ではなく、野太いのだ。たとえば、ソプラノが歌う歌を、同じキーでアルトが歌っているというような。だんだん不気味に思えてきて、背筋が寒くなった。 ぼくたちの動きに伴って、その不思議な声も移動していく。車道を渡り、丘を登っていくうちに、声は少しずつ聞き覚えのある鳴き方に変わっていった。ヒヨドリの声のようなのだ。ヒヨドリはさえずらないと言われているのだが、さえずりのような独特の声で歌うことがある。あの声だ。ただ、音色が違っている。ヒヨドリ特有のしゃがれ声ではなくて、はるかに美しく、そして野太い音。そう、ハスキーな歌手の歌を美声の歌手がカバーしているような。不気味さはますます募ってきた。 気がつくと、丘の上の、市の給水塔の周辺にあるポプラの木に、その声の主がいる。そっと近づいて行くと、鳥は「ジェーッジェッ」としゃがれた声を残して飛び去った。まるで「バーカ」と聞こえた。正体はカケス。
カケスがものまねをするということを、その時知った。 その後も、カケスのものまねらしい声をしばしば聞いた。カケスは山で暮らすのだが、冬になると人里にやってくるらしい。 あるときは、「キコキコキーイ」というイカルの声をまねしていた。この声は「オキクニジュウシイ=お菊、二十四」とも聞きなされるのだが、こいつはちょっと違う。おや、と思うと「ジェッジェッ」と正体を表す。「やーいだまされたな。俺だよバーカ。」と、人をおちょくるのが彼らの流儀なのだろう。
最近も、毎朝同じ場所でノスリの声がする。ぼくたちはノスリのヒナの成長を観察したことがあり、ノスリのファンを自認しているのだが、空を見上げても、飛んでいる姿は見えない。それになんとなく弱々しく、猛禽類のパワーを感じない。やがて「ジェジェ」ときた。 今朝は、同じ場所にさしかかるとオオタカが鳴いた。「キョッキョッキョ」と鋭く鳴いている。猛禽類は今ごろから繁殖期が始まり、ペアになって巣にこもるのだ。しばらく姿を見なかったオオタカが帰ってきたのかもしれない。オオタカが戻ってくれば、我が物顔のカラスも少しは遠慮いて行動してくれるだろうに。しかし、またしても「ジェジェ」。 この怪鳥ソロウェイは、命や金を奪うかわりに、ぼくたちの気を引こうと、毎日工夫を凝らしているのかもしれない。
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