自然を正しく恐れるということ
栃木県の高校生が那須で雪崩に巻き込まれて遭難した。痛ましい限りである。 ぼくたちの高生時代、「農大ワンゲル部・死のしごき事件」というのがあって、ぼくの高校では2,000M以上の山に登ることが禁止された。山梨県の清里に学校寮があるのに、目の前の八ヶ岳に登ることができなかったのだ。それに、当時高校では冬山も春山も一律禁止。いつのまに禁止が解かれていたのだろう? たしかに、今住んでいる酒田などの庄内地方では、高校山岳部は普通に鳥海山(2,236M)に登る。雪山の訓練もやっているだろう。同世代の人でも山岳部のOBは多い。それほど山は身近な存在ということだ。高校が最高学府だということも関係があるのかもしれない。
初めて那須に登ったのは、職場(中学校)の同僚の技術員に誘われた時だった。山の好きな人で、彼の運転するホンダシビックででかけた。電気がなくて、宿が2軒しかないという三斗小屋温泉に泊まるのが一番の目的だった。 主峰の茶臼岳から三斗小屋までの道は、かつて硫黄を火薬の原料として採掘していた跡があったり、野鳥のさえずりがあふれる深い森だったりして、楽しい行程だった。
その後、夏休みに酒田に帰省する途中で、那須に寄り道して登ったりもした。ロープウェイを使えば、茶臼の山頂付近まで一気に登れる。姥ヶ平あたりには立ち枯れた巨木や小さな池があり、茶臼岳を撮る絶好のポイントで、車とロープウェイを使えば、半日で手軽に楽しめる山だった。那須、安達太良山、早池峰、八幡平とハシゴしながら帰省したこともあった。夏だから、天気にさえ気をつければそれほど危険はないはずだと、たかをくくっていたかもしれない。
退職前年の秋、まだ見たことのない紅葉の山を見たくなった。思い浮かんだのが、那須の例の撮影ポイント。山麓の宿はどこも満員だったが、ロッジ風の宿を予約して出かけた。折悪しく低気圧が東日本を横断中だったが、登山当日は低気圧は抜け、移動性高気圧が張り出してくるはずだった。 早朝、すでに道路は渋滞、ロープウェイ駅近くの駐車場は長蛇の列だった。天気も曇り、いや時々雨もぱらついている。しかし、そこから見える山腹の紅葉はまさに錦繍。降りてくる車もちらほらあるので、駐車場の空きを待つことにした。そして、ようやくスペースを見つけて車を入れ、登り始める。ロープウェイは使わず、徒歩で登ることに。以前来た時、この登りはそんなにきつくもなさそうだったし。 駐車場を出る時、風が強かったので帽子のかわりに海賊かぶりにしていたスカーフが突風で飛ばされた。いやな予感がした。 登るにつれて風はますます強まっていった。ついに小石が飛んできて当たるほどに。ゴーッと吹きつけてくるときは、地に伏せて岩などにつかまらないと体が持っていかれそうになってきた。このままでは転落しかねない。ここで先に進むことを断念した。 この失敗で、自然と闘っても勝てないと痛感した。最悪を予想し、少しでも不安があれば引き返す勇気が必要だ。「正しく恐れよ」とはここでも通用する教訓である。 ついでにいうと、山では見知らぬ同士でも挨拶するのが習わしだが、それは良いマナーという以上に、こんな危険に遭遇したとき、見知らぬ同士でも運命共同体として協力し合わなければならなくなるからだと悟ったのだった。一言でも挨拶を交わした間柄なら、声もかけやすくなるものだから。
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