名前と嘘ともう一つ……
「朝日区夕陽が丘3-5-33」、首都圏の典型的な住居表示。マンションならさらにA-205などとフラットの番号を加えればよい。 しかし、80年代ごろのマンションブームでは、いかにも高級そうな名前をつけたものだ。たとえば横浜市内で、あきらかに東京湾に面しているにもかかわらず、湘南六浦などと、相模湾沿いでなければ名乗れないはずの湘南という名称がつけられたりした。しかも、壱番館だの弐番館などという表示も加わる。これが正式な表示とされたらたまらない。「メゾンなんとか3番館503号室」なんてね。 たとえば、そこで暮らす中学生が高校受験をする場合、いわゆる内申書には正式な住居表示を記入しなければならない。カーボン紙で複写をとっていたころ、ペラペラの用紙の狭い住所欄にどうしても入りきらない住所に、ほんとうに辟易したものだ。 名前だってそう。6字以上の文字は入らない狭い欄なので、こりにこった名前を持つ子どもは、担任からいわれない憎しみを買うことになるのだった。 コロンビアからやって来た少女の場合、その子の正式な名が、ピカソほどではないにしても、その3分の1ほどはありそうな長い名前だったので、担任は本当に困っていた。 今では内申書や通信簿、指導要録などがパソコンで作れるようになったので、少なくともこの苦労は解消した。エクセルで入力するわけだが、セルにあわせて自動的に文字のフォントが小さくできるなんて、太い文字しか書けないぼくには天の助けに思えたものだ。小さすぎて読めない? それはこちらの責任ではない。それなら記入欄を大きくしてもらいたいものだ。(しかし、パソコン入力というか、学校事務が電算化されたことが、教員のますますの多忙化の一因になっていることはたしかである。データを入力すると、自動的に評定が計算されるなどというプログラムなど、バグなどで間違いがあっても、だれにも発見できないなどということが現実に起こっている。ではどうする?あらためて手で計算しなおすのである???)
こんなエピソードを思い出したのは、別の少女のことを考えていたからだ。外国からやってきた、良い香りの花の名を持つその子は、しかし病的な嘘つきだった。嘘をつく子どもはたいてい愛に飢えている。親が忙しすぎてとか、親が自分の問題に向き合うことでいっぱいになってしまっているとかで、自分が放っておかれていると感じる子どもが出すサインのひとつである。その子の場合、幽霊が見えるとかいった内容が多いので、あまり深刻に考えなかったのだが、日本語がわからない親との話し合いの時は、彼女が通訳だったから、正しくコミュニケーションできたのかどうかわからない。 彼女の最大の問題は、アイデンテティだった。幼児のころに来日して、忙しすぎる親以外に、彼女のルーツにつながる拠り所がなかった。親から伝えられた母語と断片的な知識以外に、母国のことを何もしらなかったのだ。それなのに、彼女は家から出れば「外国人」でしかない。自分は何者なのか?心が揺れ動き、傷つかないはずがないではないか?
で、なぜ彼女のことを思い出したのかというと、この国の自称「指導者」のことだ。彼もまたよく嘘をつく。それが病的なものなのかどうかはわからないが、嘘をついている自覚がないのではないかと思うことがある。病的嘘つきの特徴は、時には自分もその嘘を信じてしまうことにあるのだが。もしそうなら、国にとって不幸であるばかりか、きわめて危険なことだ。 少し前に、ヒトラーが蘇るという小説を読んだ。死んだはずのヒトラーが、70年の眠りから目覚め、現代に現れるのだ。彼は、自分の知る世界とあまりに違う現代に対する素朴な違和感をつぶやく。それを聞いた人々が、それを鋭い文明批評だと思い、彼を辛口の芸人だと思い込むのだ。そして、ヒトラーの思想・心情を、芸人のジョークだと信じ、大ブームとなる。 笑える? いや、笑えない。これはまるでこの国のことを言っているようではないか。だが、墓場から現れたヒトラーのような、前時代的な思想を信じる自称「指導者」は、どうやら嘘つきであり、嘘がばれると必至で打ち消そうとする。そんなとき、彼は必ず相手を攻撃するのだ。まさに「攻撃は最大の防御」と信じているかのように。 かなり前だが、NHKが「女性への戦時暴力」についてのドキュメントを放送した時、彼は事前に圧力をかけ、放送内容を一部変更させた。(そのためにNHKは、資料を提供したり、作成に関わったりした団体から厳しく告発された。)しかし、彼は圧力をかけたことは一切ないと否定しつづけている。 都議会選挙では、さすがにこの指導者が総裁である政党を見限るような結果が出た。(悲しいかなこの期に及んで、彼は『党の責任』と言っているらしい。自分の責任ではなく。) 心配なのは、彼を見限ったように見える有権者が、もう一人の独裁的に乗り換えただけなのではないといいのだが。
PS:これを書いている今、「北朝鮮がミサイル発射」という速報。排他的経済的水域に落下したもようという。ここのところ、北朝鮮は、日本の独裁的指導者が窮地に陥ると、まるで人々の関心を逸らすかのようにミサイルを飛ばすように見える。気のせいだろうけれど。
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