早朝から車の温度計が30℃をさしていたので、リスにも会えないだろうと思ったのに一昨日、昨日と2日連続でリス日和。
昨日など、地上を走っていたリスが、遠くに逃げていくと思ったら、半円を描いて近くまで来て、パフォーマンスを見せてくれました。1枚目は、撮影可能な距離ギリギリまで近づいてしまったリス。2枚目は、まるで植物を調べる植物学者かマニアのようなポーズ。あるで牧野富太郎です。
さて、ふとエッセイを思いつきました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
出世魚とは、ブリやボラ、スズキのように、成長とともに名前が変わる魚のことだが、キンメダイはたぶん、名前が変わったりはしないはずだ。けれども、たとえば親戚の子や同級生、元同僚なんかが何年もたってから噂を聞いて、「へーえ、あいつも出世したものだ」などと感慨にふけるといった経験はだれにでもあるのではないだろうか?
しかし、この「感慨」だが、必ずしも対象を賞賛するものとは限らず、「あんなやつが出世するのか!いやな世の中だ」など、憤りや不満を伴うものだってあるのではないだろうか。
あいつ、昔はさかんにアタックしてきたからその気になっていたら、いきなり職場の先輩と結婚してしまった。数年後、彼女はどこかの校長になり、やがて市教委の指導主事になって職場に視察にやってきた。せめて目を逸らすかと思えば、「久しぶり」とひたとこちらを見る目には、勝ち誇った光があったとか。(いやいや、他人から聞いた話だけど。)
キンメダイは出世魚ではないが、出世した魚だと思う。以前、職員旅行で伊豆の河津桜を見に行ったとき、土手沿いに並ぶ屋台の干物屋に並んだキンメの干物は、周囲のアジやカマス、サバに比べて値段のゼロが一つ多いので、なにかの間違いかと思ったのだが。
実際、テレビの番組などでも伊豆や房総などで獲れるキンメは、高級魚と紹介されるのだ。「やいキンメ!てめえもえらく出世したもんだなあ!」と見得を切るところだ。
その昔、サバやサンマ、イワシにキンメなどは下々の食す魚とされていた。特にキンメダイなどは足が速い(腐りやすい)せいか、魚屋では見かけず、乾物屋で味噌漬けとして売られていた。なぜ下々の魚かといえば、脂が多いためらしい。油の多い魚は不人気で、初ガツオは人気があるのに、脂ののった戻りガツオは売れず、あのマグロでさえトロの部分は捨てられていたという。
我が家では、魚屋より乾物屋のほうによりお世話になったもので、クジラのベーコン、イカの燻製、ふりかけ、卵なども乾物屋で買っていた。キンメの味噌漬けも手ごろな値段だったのだろう。中学生のころ、弁当のおかずになることが多かった。
ある日、弁当を開けるとやはりキンメの味噌漬けだったのだが、実を言うと開ける前からわかってしまった。匂いもそうだし、厳重に包んだ新聞紙に脂が染み出していて、ノートにまで達している。当分かばん全体が味噌と魚と油の匂いを纏ってしまうのだろう。ぼくはちょっと腹を立てていた。貧しいとはいえ、最近弁当のおかずが一種類だけということが続き、ひどい時にはたとえばイワシの缶詰だけとか、赤貝の佃煮の缶詰だけということも多かったのだ。
そんなとき、Iのやつが僕の前にやってきた。彼は中学生になってから急に不良っぽくなり、仲間とつるんで気の弱い生徒をからかったり、嫌がらせをしたりするのだった。弁当の時間も教室内を徘徊し、人の弁当をおちょくって歩いた。
彼は小学生のころは我が家に遊びにやってくる常連で、少年雑誌が目当てで、いつまでも帰らなかった。見抜いた祖父にこっぴどく福島弁で叱られて、すごすご帰ったこともある。
彼はそのことを恨めしく思っているのかもしれないし、ぼくの家が突然なくなり、今は隣町の壊れそうな安アパートから通学していることも知っているのだろう。弁当のおかずが貧しくなったのは、母が夕方から朝までという仕事をするようになったためだった。
そんないらだちを知らないIは、ぼくの前でピタリと足をとめた。「おい、おまえっていつもとっぽいよな。なんだ今日もしけた弁当だなあ。ふーんキンメか。へへへ。」
ぼくはブチ切れた。中学時代、ぼくは3回ケンカをしたが、これが3回目になる。とはいえ、相手に危害を加えたことはないのだが。つまり払い腰をかけて相手を組み敷いて自由を奪ったことが一度だけある他は、相手が殴ってきてもやり返さず睨み続ける、だから負けにはならないというものだった。ケンカは目を逸らさないほうが勝ちなのだ。(アドレナリンが出ていると、痛みを感じないというのは本当だ。殴られても痛くない。)
その時も、直接手は出さなかった。そのかわり、ケチのついた弁当箱をIめがけて投げつけてやった。Iも予想していなかったのだろう、うろたえ気味に「なんだバカヤロウ。やるのか!」とつぶやいた。
にらみ合っていたら、担任がやってきて「二人とも職員室に来なさい」ということになった。そして予想通り「つまらないケンカをしないように。」と諭されておしまいになった。担任も「食べ物のことでケンカかよ、つまらん」とでも思ったのだろう。(進路指導もあって忙しいとはいえ、今なら、昼食時に教室に担任がいなかったことは落ち度として問題にされるはず。)
Iやその仲間は、半端な不良として、まじめなグループからも、反対に完全に抜け落ちて鑑別所にまで行くような連中からも軽蔑されていたのだとは思う。まあジャイアン程度のスケールのいやな奴だった。
しかしその後の彼の「出世」を知ることになる。総会屋に顔が利くということから、総会対策の重役として某有名会社の役員になっていた。
出世した金目鯛を見るたびに、あの弁当投げつけ事件を思い出し、あいつのにやけた顔を思い出す。どちらも悪意をこめて「出世したもんだなあ!」と心のなかで見得を切っている。