子どものころ、夏になると家の玄関前にクモが巣を張ったものだ。黒い巨大なオニグモである。あれより大きなクモはいないと思っていたら、いた。三浦の乗馬クラブに居候したときだ。ぼくは巨大なグレートデーンのルームメイトとして、アパートの一フラットに泊まることになったのだが、その部屋の入り口に足に縞模様がある巨大なクモが出てきたのだった。きっとだれかがこっそりと飼うタランチュラかなにかだろうと思ったが、その後横浜でも見るようになった。アシダカグモという、事実上日本最大のクモで、家に住みゴキブリなども捕食するというのだ。それはありがたいが、獲物を捕えるための巣を作らず徘徊するので、あまり出会いたくはないやつだ。
しかし、オニグモは安心だった。いつも巣の真ん中にいる。獲物がかかるといそいそと走り寄って行くが、巣を離れる心配はない。
そして翌朝、オニグモは姿を消してしまう。巣もない。おそらく多くの人は、昨晩、大きなクモの巣と巨大な黒いクモのことは忘れてしまうだろう。
花火をしながらとか、ほおずき提灯を灯しながら視界に入るクモの巣は、夏の風物詩だった。
そのオニグモが、今、我が家のというか空き家になってしまった隣の家の玄関前に戻ってきた。いやまさか、あの時のクモではないだろうが、やはり記憶通り大きく武骨なクモではある。空き家にも防犯のため常夜灯は灯しているので、そこに集まる虫を狙っているのだろう。
昼間、洗濯物を干そうとしてここを通る時、このクモの巣を頭でひっかけてしまうことがある。それで思い出したのだ。昔のあのオニグモの巣にはひっかかったことがなかった。というか昼間は巣がなくなっていた。
それで興味が湧いて調べてみたのだ。すると、オニグモの寿命は1年、つまり数か月であの大きさになるという。そしてオニグモには、昼間、巣をかたづける習性があるのだった。巣を食べてしまうのだろう。タンパク質でできているはずだ。(隣の鶴岡市には、クモの糸の人工合成に成功し、優れた繊維素材として起業した人がいる。)
ところが、今の我が家のオニグモときたら、全然片づけないじゃないか。さらに調べると、東北のオニグモにはなぜか巣をかたづける習性がないのだという。なぜだろう?
人口が多い江戸では、人が触れて巣がこわれてしまうより、自分で片づけて張り直す方が、今流にいえばコスパがいいとでも?
それにしても迷惑な東北のオニグモめ! 今度頭に触れたら、東京のクモと入れ替えてやるぞ!