とりあえず敬語?
学校では「敬語は敬意を表す表現」と教えるのだが、同時に「現代では、敬意の表現とは限らず、相手との距離を敬語で表したり、弱者や幼い者への気配りや優しさを伝える場合もある」などとも言い添える。 若い世代、といっても三十代前後も含まれるのだが、観察すると面白いことに気づく。たとえば「この人、あなたと同じ学校の卒業だって」などと紹介された相手と会話を始めたとする。同じ学校なら卒業はいつなのか気になるところだ。そこで互いに探り始める。そして同期か、あるいは先輩、後輩ということがわかってくる。(1個上、2個下などと表現するようだ。)すると、いままで敬語で話していたのが、同期なら双方が常体の言葉遣いに変わり、先輩後輩なら先輩にあたる側が常体に切り替わる。 同期なら「タメ」ということになる。「タメ」とはもともとは友だちという意味なのだが、同期は友だちと同じ扱いをするという暗黙の了解があるらしいのだ。
彼らにとって敬語とは、「タメ」でない相手に使うソフトな垣根のようなものであるらしい。敬意とは関係がないのだ。気安くない相手に対してはとりあえず敬語を使ったほうが安全だということなのかもしれない。そう考えると、昨今、相手が敬語で話しているにも関わらず、むしろ不快な印象を受ける理由がわかる気がする。「いらっしゃる」とか「召し上がる」などという言葉があるのに「来られる」「食べられる」ですませてしまうのも、「私が選びました」と言えばすむのに「私が選ばさしてもらいました」などと過剰に卑屈でしかも間違った言葉になるのも、この「とりあえず敬語」のなせるわざなのだろう。 今どきの中学校の生徒会総会をのぞいてごらん。教室ではギャル語しか話さない女の子が「このたび議長をつとめさせていただく◯◯△△です。」などと舌を噛みながら自己紹介している。「議長をつとめるでいいんだよ」とアドバイスしても決して直そうとしない。こうして過剰で不気味な「とりあえず敬語」が再生産されていく。
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