早稲田大学春秋会だより 平成23年11月7日
第109回 春秋会秋季大会のお知らせ
時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。平素は春秋会の活動にご協力いただきまして厚く御礼申し上げます。今年は春秋会創立60周年、「紺碧の空」80周年の記念の年となりました。下記の通り秋季大会を開催致しますのでご通知申し上げます。なお当日の講演は南丘喜八郎氏を講師に招き「甦れ日本」という題でお話を頂きます。皆様のご参加をお待ち申し上げます。
日 時 : 平成23年12月 3日(土)午前11時より 場 所 : 大隈会館201・202号室 講 演 : 「甦れ日本」 月刊日本主幹・南丘喜八郎氏 会 費 : 5,000円
また、当日の秋季大会に先立ち、午前10時00分より「紺碧の空」歌碑に献花を行います。お時間のご都合のつく方は大隈会館前「紺碧の空」歌碑前にお集まり下さい。なお、出欠については同封の返信ハガキにて平成23年11月27日(日)までに返信の程お願いいたします。 お問い合わせは下記まで 早稲田大学春秋会事務局 TEL 045-242-3521 FAX 245-241-8768
「紺碧の空」誕生80周年記念
~早稲田大学春秋会創立60周年記念事業リニューアル除幕式~ それは小さな活動の始まりであった。しかし、その魂は燃えていた。遠い日の先輩方は純粋に「紺碧の空」を愛して止まなかった。母校・早稲田大学への一直線の想いであった。 昭和6年は私の生まれる前年。東京は紫匂う武蔵野の野辺。小川のせせらぎの音が聴こえた。当時の応援部が募集を呼び掛け、作詞、作曲は共に名の無き人であったが、共に輝く北極星に向かって詩情をもち、リズムを高らかに創造された。同年春の早慶戦で披露。碑は「紺碧の空」生誕45周年を記して「春秋会」募金活動により建碑された。小川光治代行、高原幹事長の数々の御努力があってこそまとまった。最終打ち合わせを10月6日午後6時、大隈タワー16F校友サロンに小川光治代行、大野富士生、野中信男、安楽明郎、石田明人、大石和礼、土倉享一、戸塚孝吉、小野寺敏、守屋 孝、堀口昌信、高原 孝、伊藤哲子。 当日の天気を一番に案じながら、ウィットのある会話。総務部の丸山和博氏が御出席され、ポイントを固めて下さったのがありがたく力強く実にスムーズに進行した。 歳ふり誕生80年、春秋会設立60周年にあたり、大々的な応援歌「紺碧の空、記念碑新装除幕式」が平成23年10月16日「稲門祭」午後1時30分開催の運びとなった。 秋の変わりやすい天候を案じたが、少し汗ばむ曇天の下、本年稲門祭。大切なセレモニーを滞りなく行うための更なる打ち合わせ。このイベントを人々にご覧頂きたく、守屋 孝氏が中心にビラ配り、記念会堂、大隈講堂前、大隈庭園とくまなく回る。 応援部の力を頂き、ブラスバンド、チアリーダー、本格的な演奏が大隈会館前に響き渡り、会員は元より、本日、稲門祭にいらした方が紅白帯を眺め、碑の説明を読む姿が見える。定刻1時30分、開会。司会・大石和礼事務局長は張りのある澄んだ声で開会宣言。続き、小川光治会長代行より本日に至った歴史を分かりやすく説明され、その喜びと感謝を。早稲田大学空手部大先輩として立ち姿が美しい。 次、除幕式に入る。黒塗り角盆に並べられた白い手袋が清々しい。総長、会長、代行、新澤雄一名誉教授、作詞家の住 治男氏遺族の甥の野坂行夫氏、姉上様そのお嬢様、お孫様、作曲家の古関裕而氏ご令息・正裕氏、同夫人、大先輩・片岡重高氏。 「紺碧の空」高らかに流れる。参加者の拍手の中で序幕。 鎌田 薫総長の祝辞は大変御丁寧に「春秋会」の努力をお褒め下さり、大切にして下さることをおっしゃって下さった。颯爽として簡潔。ありがたい事、胸に沁む。 13時40分、渡部会長タイムオーバーの会津の殿様、少しお痩せになったような。マイクの前に立てば堂々と。鎌田総長へ、私が入学した頃、即、会長と同じ頃は意気を感じた学生が入って来た。是非とも、人生劇場的早稲田学生の入学をお願いされ、さすが恒三節。 総長と固い握手を。ブラスバンド、チアリーダー、春秋会会員の石田明人氏のリードによる「栄光はみどりの風に」「都の西北」。人々は酔うて頬を染める。校歌口上を飛び跳ねながら三木一郎大先輩。「すごい!すごい!」と全員大喜び。果てしなく続く事を想いながら、貫録十分な紳士・土倉享一副会長のさわやかな閉会の辞は余韻を残した。秘書・遠藤 実氏。会長のお供で、諸江昭雄氏、松浦悠子と私。23区稲門会、似顔絵を現役の可愛い女学生が上手に、渡部会長を30代の若さにお画き下さった。 中央稲門会で大隈老侯のCD他を千円で購入し、多摩支部で梨をご馳走になられ、少しお疲れの御様子でしたが、車を見送り私の役目を果たした。(伊藤哲子 記)
平成23年度稲門祭
出陣学徒の会、平和の碑献花。午前8時30分。野中信男氏が車で私の家に迎えに来られ同乗。その間に、諸江昭雄氏からの携帯が入る。大隈ガーデンのカフェテリアのテラスの場所取りを頼む。9時にならない中に会場に到着。 寺尾哲男会長に挨拶。諸江氏を紹介。続々と会員集合。例年以上の早い集まりは、出版の効果であろう。 護国寺参拝を終えて鎌田 薫総長先頭に大学関係者、定刻より少し遅れて式典開始。初めに鎌田 薫総長、大隈家夫人による献花。次に寺尾哲男会長、末博光氏献花。黙祷。 カミングディに大学関係者は行かれた後、慶応の教授による「ラスト・ゲーム秘話」を楽しく伺うことが出来た。先輩方、80半ば過ぎ。90の方が多い。 ひとつの信念を持ち、矍鑠と生き抜かれるお姿に尊敬の念を抱く。鎌田総長が「平和の碑」前にお出になる。良い具合に私のお隣に立たれる。小川代行より依頼されている「ありがとうございました。午後1時30分御参加を下さい」と申し上げると「はい、分かっております」とやさしくおっしゃって下さいました。奥島元総長、白井前総長、近藤部長のお姿が見える。慶応大学の教授達。すっかり顔なじみ。応援部OB、山田 實氏、春秋会・石田明人氏。清水氏の指揮による校歌「都の西北」3番まで歌い、早稲田、慶応のエールを送る。三々五々、会場を離れる。(伊藤哲子 記)
創刊15年「月刊日本」を叱咤激励する会開催報告
去る9月15日グランドアーク半蔵門において、当会会員である南丘喜八郎氏主幹の「月刊日本」創刊15年を記念し、同誌を叱咤激励する会が開催された。 当誌は明治22年に陸羯南(くがかつなん)が創刊した新聞「日本」の顰みに倣ったものである。陸は「日本」紙上において、薩長藩閥の強権政府に対し「国民主義」を掲げ、筆鋒鋭く迫った。陸は権力者に対して阿ることなく、独立不覇のジャーナリストとして、堂々と言論を展開した。口先では陸より勇ましい言辞を弄する自由民権論者は少なくなかったが、彼らの大半は仇敵の如く罵っていた藩閥政治家と平気で手を握った。
陸は「日本」紙上において、伊藤博文、山県有朋、桂太郎などの歴代藩閥内閣に対し、的確かつ激しい批判を書き続けた結果、創刊の明治22年から38年にかけ、合計31回、223日にも及ぶ発行停止の処分を受けた。陸は新聞「日本」創刊に当って次のように述べている。 “わが「日本」は固より現今政党に関係あるにあらず。然れども亦た商品を以て甘んずるものにあらず。我輩の採る所既に一定の義あり。先ず日本の一旦亡失せる「国民精神」を回復し、且つ之を発揚せんことを以て自ら任ず”この理念は「日本」の編集を貫き、政府、政党はもとより、読者にも阿ることなく、独自の言論活動を展開した。この「日本」には三宅雪嶺、正岡子規、古島一雄、長谷川如是閑など多くのジャーナリストが筆をふるった。 南丘主幹はこう述べている、”私が、思いを同じくする者とともに発刊する「月刊日本」は、陸羯南に努めて倣い、一党一派に偏することなくまた、いたずらに読者の意を迎えることを排し、創刊の初志を貫きます。商業主義を排して、日本人として今何が出来るか、何を為すべきかを訴えていきます。偏狭なナショナリズムに安易に妥協することなく、民族として、文化共同体として、高度な倫理を伴った自信を日本人にもたらしたいのです。声高に叫ぶ日本礼賛ではなく、奥歯を噛み締めて胸奥に秘めておく誇りを取り戻したいのです”と。 なお聞くところによれば、「月刊日本」は主幹をはじめ全社員が無給、執筆者への原稿料は無料とのこと、「月刊日本」に係わる人達の高い志と熱意によって発刊されているのである。 出席者は300人を超え、小田島拓大理事長、亀井静香氏、伊吹文明氏、岡崎久彦氏ほか政界、言論界の名士が祝辞を述べ、会は盛会裏に進行した。なお、春秋会からは、小川光治会長代行、新澤雄一、安楽明郎、坂東能道、松田三郎、高原 孝、初谷幸一、後藤臣彦の各氏が出席した。(文責 松田三郎)
早稲田大学春秋会 秋の墓参会
平成23年10月1日、しばらく前から雨予報が告げられていたが奇跡的に晴れた。今回は午後の部に音羽護国寺の大隈重信先生、午前の部は早稲田の先哲ではないが早稲田人なら誰でも知っている、しかしよく知らないあのお方、慶應義塾大学の福沢諭吉先生の墓参に行った。 午前10時30分、地下鉄南北線「麻布十番駅」改札に集合。守屋氏は奥様と参加されたうえ、さらにお知り合い2人(早稲田卒・慶応卒)をお連れ下さった。慶応の方曰く、福沢先生のお墓は知らなかったそうだ。 麻布善福寺周辺は寺町の風情で、表通りから一本入るとゆるい坂道の両脇に小さな寺が並ぶ。途中には弘法大師が杖で叩いたところ湧き出したという湧水の井戸もある。その風情ある通りのどん詰まりが善福寺なのだが、これが何とも不思議な眺め。緑に囲まれた山門後方の秋空に、キノコのように頭でっかちで、しかも巨大なマンションがズド~ン。景観ブチ壊しである。 境内に入ると左手に水汲みの井戸と墓地入口。そこからすぐに福沢先生のお墓がある。敷地およそ八畳くらい。意外に質素な作りのお墓に、奥様の阿錦(おきん?)様と入られている。線香と花を供え水を掛ける。余った水はまわりの植木にあげる。お墓の後ろの金木犀が良い香りだ。いつもならここで校歌を歌うところだが、さすがに今日は歌わない。みな静かに手を合わせるだけにした。 善福寺を後にし、南北線に乗る。永田町で有楽町線に乗り換えて護国寺へ。今回の昼食は護国寺の真ん前にある蕎麦屋「弁慶」(正午到着)。串揚げ定食は小鉢・おしんこ・温泉卵とご飯に蕎麦がついてボリュームありの980円。串揚げがビールに丁度良い。午後1時過ぎに店を出て、護国寺本堂横の大隈老侯の墓所へ。春の墓参会のときには大地震直後で、灯篭がいくつも倒れ、ひびが入り大変なことになっていたがすっかり修復され、ついでに磨かれて新品のようにきれいになっている。倉庫のカギを開け、落ち葉を掃き、水をまき、清々しい気持ちで参拝し校歌斉唱。墓参後は早稲田に移動し、「稲穂」で懇親会。夕方6時に散会した。(大石和礼記)
参加者ア順敬称略 伊藤彰規、大石和礼、小野寺敏、黒瀬笑子、小林聖子、坂木文雄、高原 孝、成田愛音、野中信男、松田三郎、森屋安海子、守屋順子、守屋 孝、諸江昭雄、吉田敏郎 以上十五名
東京六大学野球・早慶戦応援
10月29日(土)午前10時JR信濃町に集合し、石田明人副幹事長の活動にて学生席に陣取る。グリークラブの合唱による「紺碧の空」ショー。早稲田シォッカーズの演技、チアリーダー、応援部の応援指導。今年は「紺碧の空」80周年「紺碧歌うぞ」という大きなデコレーションが学生応援席上段に掲げられ、優勝は既に明治大学に決定後であるも試合前から大いに盛り上がる。 強力打線を誇る慶応1回表2アウト、1塁2塁を0点に抑える。早稲田1回裏攻撃、1アウト後2番打者佐々木2塁打、3番土生ヒット、1塁3塁とし4番打者杉山の内野安打にて1点。2アウト後ランナー1塁2塁の後、6番打者渡辺侑の2塁打にて2点、初回3点を取り、試合が決まったようであった。高梨投手(川越東高)1年生の7回まで2安打好投。8回裏早稲田攻撃、1アウト満塁チャンス。代打川西(早実)2塁打等3得点ダメ押し。8回表より高梨投手より替わった有原投手(広陵)1年生。9回表慶応攻撃、1アウト満塁のピンチを迎えヒット、スクイズ等にて2点を失うも6対2にて快勝であった。試合後久しぶりに「早稲田の栄光」を肩を組みながら斉唱。明日の連勝を祈念し家路につく。 参加者 石田明人、小野寺敏、小林聖子、坂木文雄、柴田親宏、柴田夫人、高原 孝、守屋 孝、諸江昭雄、初谷幸一 (高原 孝 記)
2012年・箱根駅伝応援のお知らせ
新春恒例の箱根駅伝は、正月二日例年通り往路「華の2区」権太坂上で応援します。素質のある素晴らしいメンバーが揃い、優勝を期待しています。 日 時:平成24年 1月 2日(月) 午前7時40分(時間厳守) 集合場所:早稲田大学春秋会事務局前(JR桜木町駅下車・徒歩5分) 参加申し込みは下記まで 早稲田大学春秋会事務局 横浜市中区野毛町2-90桜木町スカイハイツ506 TEL 045-242-3521 FAX 245-241-8768
集合後、事務局前よりタクシーで応援現場に直行いたします。また、直接現地へ行かれる方はJR保土ヶ谷駅よりバスを利用、権太坂上で下車。徒歩5分坂を上がります。沿道に「がんばれ早稲田」の横断幕と「早稲田大学春秋会」のノボリが多数立ててあります。
ハットクラブ定例会最終回のご案内
日 時 : 平成23年11月28日(月)午後6時00分~9時00分 会 場 : 歌楽歌良屋(赤坂、日枝神社、山王飯店前) 講 演 : 「我に策あり、救国の提案」森木 亮先生 会 費 : 男性8,000円・女性7,000円 参加申込は ハットクラブ代表幹事 池田 芳輝(携帯電話 090-8485-1947)まで
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